新幹線で福岡から大阪へ移動
シルバーウィーク初日。夜の新幹線に飛び乗って、まずは大阪へ。明日からの自転車旅にそなえ、新大阪のホテルで静かに前泊する。窓の外のネオンを眺めながら、頭の中ではもう高野山の坂を思い描いていた。
高野山から自転車で有田川沿いを下る
朝いちの南海電車とケーブルで、天空の聖地・高野山へ。涼しい! 朱塗りの大門をくぐり、金剛峯寺や根本大塔をぶらり。名物の胡麻豆腐はなめらかむっちり、仕込みの湧水をゴクゴク飲んで、ここからいよいよ「シルちゃん」の出番だ。
落石に気をつけて細い相ノ浦道を下る……はずが、川下りなのに道は山の上で、めちゃくちゃ登らされる(;´Д`)。高野槇の里、吊り橋、稲刈りのあぜ道に彼岸花。清水の町へ降りて、お昼はわさび寿司と山椒そば——すすると山椒の風味がぶわっと広がって(゚д゚)ウマー。
ずっと来たかったあらぎ島は、ちょうど棚田が見頃だった💕 二川ダムで少し濁った有田川を横目に、時間が止まった金屋口の廃駅へ。今夜の宿は、なんと廃保育所をつかったクラフトビール醸造所。どの一杯も(゚д゚)ウマーで、一日の疲れがほどけていく。
高野山
弘法大師・空海が816年にひらいた、真言密教の聖地。標高約800mの山上に、金剛峯寺や壇上伽藍の根本大塔など百以上の寺院が集まる、ひとつの宗教都市だ。朱塗りの大門(重要文化財)が旅人を迎え、名物の胡麻豆腐は清らかな湧水で仕込まれる。古くは女人禁制で、その名残はふもとの慈尊院(女人高野)にいまも伝わる。
湯浅の醤油の町と広川の稲むらの火
有田川町のまるいきびドームを横目に、醤油発祥の地・湯浅へ。重要伝統的建造物群保存地区の町並みに、老舗「角長」の木樽の香り。穴でつながったあつ湯とぬる湯の甚風呂をのぞいて、しょうゆ色の歴史をあるいた。
橋を渡って広川町に入ると、町の色は「醤油」から「津波」へ。濱口梧陵が築いた広村堤防の上をあるき、稲むらの火の館で3Dシアターを見る。稲に火を放って村人を高台へ導いた物語は、ヤマサ醤油の本家でもある梧陵が、私財を投じた防災の記憶だった。廣八幡宮は、昔から津波のときの避難場所だという。
お昼はお寿司屋さんでシラス丼。図書館になった旧湯浅駅をのぞいてから、電車で海南へ。お菓子発祥の地だという海南の宿では、天丼と新香巻で🍚がかぶりつつ、地元のおっちゃんたちの世間話に耳を傾けた。
稲むらの火
安政南海地震(1854年)の津波から村人を救った、濱口梧陵の逸話。闇のなか、収穫したばかりの稲むら(稲束)に次々と火を放ち、その灯りで人々を高台へ導いた。梧陵は銚子のヤマサ醤油の本家筋にあたる豪商で、災害後は私財を投じて広村堤防を築き、村の暮らしと防災を支えた。物語は小泉八雲が小説「A Living God」で世界に紹介し、いまは広川町の「稲むらの火の館」で、津波防災の教え「津波てんでんこ」とともに伝えられている。
紀美野町と丹生都比売神社、九度山
雨とも霧ともつかない水滴の舞うなか、紀美野町の野上八幡宮へ。途中には、えらそうに腕を組んだ銅像——なんと長崎の平和祈念像と同じ、北村西望の作らしい。人気のむすび屋さんで、味噌づくしのおにぎりと豚汁、金山寺味噌とこんにゃくの唐揚げに舌鼓。
世界遺産の里へ。紀伊之国一宮・丹生都比売神社は、高野山の総鎮守。朱塗りの社殿がうつくしい。川の石と山の石を積んだ石垣の丹生酒殿神社を抜けて、紀の川へと下っていく。
高野山が女人禁制だった頃、その手前に「女人高野」として開かれた慈尊院へ。奥には丹生官省符神社、そして高野山まで百八十町つづく町石道のスタート地点。真田ゆかりの九度山をぶらりして、天気が荒れる前に宿へしけ込んだ。
丹生都比売神社
紀伊国一宮で、「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産にも登録される古社。祭神・丹生都比売大神の子が高野御子大神(狩場明神)で、空海を高野山へ導いた神とされ、そのため高野山の総鎮守に位置づけられる——親神をまつる当社は、高野山より格上ともいわれる。朱塗りの楼門と、池にかかる反り返った太鼓橋(輪橋)が美しい。
九度山から和歌山を経て南海フェリーで四国へ
嵐が去って、すっかり秋の空気。朝は柿の葉寿司で出発。九度山にもどって「真田のみち」をあるき、真田庵(善名称院)と真田ミュージアムで戦国の物語にふれる。真田の抜け穴は大阪城までつながっているとか(ほんまかいな)。
パイル織物のまち高野口——新幹線500系のグリーン車の座席も、ここ産らしい。貴志川を下って、たま電車で知られる貴志駅へ。駅長はもういないけれど、観光客でにぎわっていた。山東駅のキャラたちに見送られ、格式高い官幣大社・竈山神社に手をあわせる。
風光明媚な和歌浦で潮風を浴びたら、いよいよ和歌山港へ。南海フェリーに自転車ごと乗りこんで、「さらば本州」。沼島と淡路島、大鳴門橋を横目に四国へ渡り、水の都・徳島で〆のつもりの徳島ラーメンがメインになった(´・ω・`)。
九度山と真田
関ヶ原の戦いののち、真田昌幸・幸村(信繁)父子が十数年を過ごした蟄居の地。父子が暮らしたとされる場所には善名称院が建ち、「真田庵」と呼ばれる。近くの真田古墳は、大阪城までつながっているという「真田の抜け穴」の伝説で知られる。九度山・真田ミュージアムでは、のちに大坂の陣で家康を追いつめた幸村の生涯をたどれる。
四国最北端と讃岐うどん、帰宅
最終日は高徳線でうどん県へ。志度では平賀源内の記念館に立ち寄る。エレキテルだけじゃなく、薬草も鉱山も俳句も西洋画も小説も——手広くやっていた天才ぶりに驚く。道の駅源平の里むれでは、ことでんの旧型車両335号がお出迎え。
そして四国最北端キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 竹居観音岬は、厳密には最北端じゃないし拝観料も取られるけれど、瀬戸内のいい景色。庵治のアーケードはセカチューのロケ地で、「純愛の聖地」なんだとか。手打うどんじゅんの冷やし月見は、平麺でツルッツル(゚д゚)ウマー。
石の産地・庵治から、平たい屋島ととんがりの五剣山を望む。そして高松駅、ゴォォォオオオル!! 六日間の自転車旅、完走。マリンライナーと新幹線で岡山経由の帰り道、「さらば四国、また逢う日まで」。
竹居観音岬
香川・庵治半島の先端にある、四国本島の最北端とされる岬。断崖に建つ竹居観音寺の奥から、おだやかな瀬戸内海を見晴らせる。四国の東西南北の端をむすぶ「四国四極」のひとつ(北端)で、四極すべてを踏破する旅人にとっては目標地点のひとつでもある。拝観料は要るけれど、岩と松と青い海のいい景色が待っている。