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高野山から四国へ、実りの自転車旅
KOYASAN → KISHU → SHIKOKU · 2026 実りの秋

高野山から四国へ、実りの自転車旅

聖地・醤油の町・瀬戸内。ペダルをこいで六日間。

2026.9.18 ▶ 9.23

Days6日間
Dist約417km
Area和歌山・徳島・香川
Top最高 907m

シルバーウィーク、折りたたみ自転車「シルちゃん」を輪行して関西へ。天空の聖地・高野山の大門をくぐり、ここからペダルをこいで紀州路を南へ下る。

ずっと来たかった棚田・あらぎ島、醤油発祥の湯浅、「稲むらの火」の広川、世界遺産・丹生都比売神社、真田ゆかりの九度山……名所をつないで走り、南海フェリーで海を渡って四国へ。最後は四国最北端の岬と讃岐うどんを目に・口にして、高松でゴールした六日間。

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DAY 1 · 09.18

新幹線で福岡から大阪へ移動

シルバーウィーク初日。夜の新幹線に飛び乗って、まずは大阪へ。明日からの自転車旅にそなえ、新大阪のホテルで静かに前泊する。窓の外のネオンを眺めながら、頭の中ではもう高野山の坂を思い描いていた。

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DAY 2 · 09.19

高野山から自転車で有田川沿いを下る

朝いちの南海電車とケーブルで、天空の聖地・高野山へ。涼しい! 朱塗りの大門をくぐり、金剛峯寺や根本大塔をぶらり。名物の胡麻豆腐はなめらかむっちり、仕込みの湧水をゴクゴク飲んで、ここからいよいよ「シルちゃん」の出番だ。

落石に気をつけて細い相ノ浦道を下る……はずが、川下りなのに道は山の上で、めちゃくちゃ登らされる(;´Д`)。高野槇の里、吊り橋、稲刈りのあぜ道に彼岸花。清水の町へ降りて、お昼はわさび寿司と山椒そば——すすると山椒の風味がぶわっと広がって(゚д゚)ウマー。

ずっと来たかったあらぎ島は、ちょうど棚田が見頃だった💕 二川ダムで少し濁った有田川を横目に、時間が止まった金屋口の廃駅へ。今夜の宿は、なんと廃保育所をつかったクラフトビール醸造所。どの一杯も(゚д゚)ウマーで、一日の疲れがほどけていく。

移動 約113.4km / 獲得標高 601m

高野山

弘法大師・空海が816年にひらいた、真言密教の聖地。標高約800mの山上に、金剛峯寺や壇上伽藍の根本大塔など百以上の寺院が集まる、ひとつの宗教都市だ。朱塗りの大門(重要文化財)が旅人を迎え、名物の胡麻豆腐は清らかな湧水で仕込まれる。古くは女人禁制で、その名残はふもとの慈尊院(女人高野)にいまも伝わる。

3
DAY 3 · 09.20

湯浅の醤油の町と広川の稲むらの火

有田川町のまるいきびドームを横目に、醤油発祥の地・湯浅へ。重要伝統的建造物群保存地区の町並みに、老舗「角長」の木樽の香り。穴でつながったあつ湯とぬる湯の甚風呂をのぞいて、しょうゆ色の歴史をあるいた。

橋を渡って広川町に入ると、町の色は「醤油」から「津波」へ。濱口梧陵が築いた広村堤防の上をあるき、稲むらの火の館で3Dシアターを見る。稲に火を放って村人を高台へ導いた物語は、ヤマサ醤油の本家でもある梧陵が、私財を投じた防災の記憶だった。廣八幡宮は、昔から津波のときの避難場所だという。

お昼はお寿司屋さんでシラス丼。図書館になった旧湯浅駅をのぞいてから、電車で海南へ。お菓子発祥の地だという海南の宿では、天丼と新香巻で🍚がかぶりつつ、地元のおっちゃんたちの世間話に耳を傾けた。

移動 約33.5km / 獲得標高 29m

稲むらの火

安政南海地震(1854年)の津波から村人を救った、濱口梧陵の逸話。闇のなか、収穫したばかりの稲むら(稲束)に次々と火を放ち、その灯りで人々を高台へ導いた。梧陵は銚子のヤマサ醤油の本家筋にあたる豪商で、災害後は私財を投じて広村堤防を築き、村の暮らしと防災を支えた。物語は小泉八雲が小説「A Living God」で世界に紹介し、いまは広川町の「稲むらの火の館」で、津波防災の教え「津波てんでんこ」とともに伝えられている。

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DAY 4 · 09.21

紀美野町と丹生都比売神社、九度山

雨とも霧ともつかない水滴の舞うなか、紀美野町の野上八幡宮へ。途中には、えらそうに腕を組んだ銅像——なんと長崎の平和祈念像と同じ、北村西望の作らしい。人気のむすび屋さんで、味噌づくしのおにぎりと豚汁、金山寺味噌とこんにゃくの唐揚げに舌鼓。

世界遺産の里へ。紀伊之国一宮・丹生都比売神社は、高野山の総鎮守。朱塗りの社殿がうつくしい。川の石と山の石を積んだ石垣の丹生酒殿神社を抜けて、紀の川へと下っていく。

高野山が女人禁制だった頃、その手前に「女人高野」として開かれた慈尊院へ。奥には丹生官省符神社、そして高野山まで百八十町つづく町石道のスタート地点。真田ゆかりの九度山をぶらりして、天気が荒れる前に宿へしけ込んだ。

移動 約47.3km / 獲得標高 14m

丹生都比売神社

紀伊国一宮で、「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産にも登録される古社。祭神・丹生都比売大神の子が高野御子大神(狩場明神)で、空海を高野山へ導いた神とされ、そのため高野山の総鎮守に位置づけられる——親神をまつる当社は、高野山より格上ともいわれる。朱塗りの楼門と、池にかかる反り返った太鼓橋(輪橋)が美しい。

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DAY 5 · 09.22

九度山から和歌山を経て南海フェリーで四国へ

嵐が去って、すっかり秋の空気。朝は柿の葉寿司で出発。九度山にもどって「真田のみち」をあるき、真田庵(善名称院)と真田ミュージアムで戦国の物語にふれる。真田の抜け穴は大阪城までつながっているとか(ほんまかいな)。

パイル織物のまち高野口——新幹線500系のグリーン車の座席も、ここ産らしい。貴志川を下って、たま電車で知られる貴志駅へ。駅長はもういないけれど、観光客でにぎわっていた。山東駅のキャラたちに見送られ、格式高い官幣大社・竈山神社に手をあわせる。

風光明媚な和歌浦で潮風を浴びたら、いよいよ和歌山港へ。南海フェリーに自転車ごと乗りこんで、「さらば本州」。沼島と淡路島、大鳴門橋を横目に四国へ渡り、水の都・徳島で〆のつもりの徳島ラーメンがメインになった(´・ω・`)。

移動 約114.8km / 獲得標高 109m

九度山と真田

関ヶ原の戦いののち、真田昌幸・幸村(信繁)父子が十数年を過ごした蟄居の地。父子が暮らしたとされる場所には善名称院が建ち、「真田庵」と呼ばれる。近くの真田古墳は、大阪城までつながっているという「真田の抜け穴」の伝説で知られる。九度山・真田ミュージアムでは、のちに大坂の陣で家康を追いつめた幸村の生涯をたどれる。

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DAY 6 · 09.23

四国最北端と讃岐うどん、帰宅

最終日は高徳線でうどん県へ。志度では平賀源内の記念館に立ち寄る。エレキテルだけじゃなく、薬草も鉱山も俳句も西洋画も小説も——手広くやっていた天才ぶりに驚く。道の駅源平の里むれでは、ことでんの旧型車両335号がお出迎え。

そして四国最北端キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! 竹居観音岬は、厳密には最北端じゃないし拝観料も取られるけれど、瀬戸内のいい景色。庵治のアーケードはセカチューのロケ地で、「純愛の聖地」なんだとか。手打うどんじゅんの冷やし月見は、平麺でツルッツル(゚д゚)ウマー。

石の産地・庵治から、平たい屋島ととんがりの五剣山を望む。そして高松駅、ゴォォォオオオル!! 六日間の自転車旅、完走。マリンライナーと新幹線で岡山経由の帰り道、「さらば四国、また逢う日まで」。

移動 約107.7km / 獲得標高 30m

竹居観音岬

香川・庵治半島の先端にある、四国本島の最北端とされる岬。断崖に建つ竹居観音寺の奥から、おだやかな瀬戸内海を見晴らせる。四国の東西南北の端をむすぶ「四国四極」のひとつ(北端)で、四極すべてを踏破する旅人にとっては目標地点のひとつでもある。拝観料は要るけれど、岩と松と青い海のいい景色が待っている。