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沖縄中部 基地の街と石獅子
OKINAWA · 2026 真夏

沖縄中部 基地の街と石獅子

アメリカ世とグスクの島を、バスでめぐる。

2026.8.22 ▶ 8.23

Days2日間
Dist約71km
Area沖縄本島中部
Top最高 176m

真夏の沖縄、はじめての季節。那覇から旭橋のバスターミナルを起点に、本島中部へバスで北上する。

嘉手納や普天間——基地と隣り合う街には、ファットバーガーやタコス、派手なYナンバーが当たり前のように並ぶ。その足もとには、「沖縄」の地名発祥と伝わるガマ、集落を守る素朴な石獅子、首里より前の中山のグスクが、琉球の記憶として残っていた。アメリカ世と琉球、ふたつの時間を歩いた二日間。

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DAY 1 · 08.22

那覇から中部へ 嘉手納・北谷の基地の街歩き

めんそーれ、真夏の沖縄。湿度は高いけれど風もあって、思ったより暑くない。旭橋から読谷“向け”(沖縄では「行き」ではなく「向け」と言う)のバスに乗ると、乗客の半分以上が白人系で、料金の払い方に手間どってバスはどんどん遅れていく。基地と観光が同居する、中部ならではの光景だ。

嘉手納では、「沖縄」の地名発祥とも伝わる水釜のガマや、統一前の今帰仁の王家の墓をのぞく。ファットバーガーやタコス屋といったアメリカンな店をひやかしつつ、お昼はトロットロのてびちそば。出汁が美味すぎて、汁まで飲んだら汗が止まらない。野國いもぜんざいでひんやりチャージした。

道の駅かでなの「安保の見える丘」からは、嘉手納基地が丸見え。コザ十字路の壁画を抜けて、アメリカンビレッジへ。アメリカでも沖縄でもない多国籍なテーマパークで、駐車場のYナンバー率がすごい。アラハビーチのアンデス音楽を聞いて、普天間の宿へ。夜はやっぱりOrionビールで乾杯。

移動 約47.5km / 獲得標高 94m

基地の街と「沖縄」の地名

沖縄本島中部は、嘉手納基地や普天間飛行場など米軍施設が集中する地域。街にはファットバーガーやタコス屋などアメリカ由来の店が並び、バス停の落書きや、派手な「Yナンバー」(米軍関係者の車両)が、基地と隣り合う日常を映す。嘉手納・水釜(みずがま)のガマ(自然洞窟)は、「沖縄(ウチナー)」という地名の発祥地とも伝えられている。

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DAY 2 · 08.23

喜友名の石獅子と浦添グスク 夜便で帰福

二日目の朝は、普天満宮から。琉球八社のひとつで、裏手には鍾乳洞がある(早く来すぎて洞窟は見られず)。そこから喜友名(きゆな/ちゅんなー)の集落へ。グーグルマップを頼りに、石獅子めぐりのはじまりだ。

メーマシチ前、クラニーグァー前、トゥクイリグァー前、ナカムトゥ前……拝所の名を冠した石獅子が、辻や村境にぽつぽつと残る。素朴で、ひとつひとつ表情がちがって愛嬌がある。基地の崖下にある喜友名泉(チュンナーガー)をのぞき、キングタコスのタコスを、パリパリの皮にソースをドバドバかけてガブリ。ブルーシールのアイスで涼をとった。

午後は浦添へ。伊祖グスクから、首里に移る前の中山の本拠・浦添グスクへ登る。王家の陵墓・浦添ようどれ、沖縄戦の激戦地「前田高地(ハクソー・リッジ)」、源為朝の伝説が残る為朝岩。汗だくで下山してモノレールに乗り、おもろまちの沖縄県立博物館・美術館で島の歴史を学んでから、夜便で福岡へ帰った。

移動 約23.9km / 獲得標高 34m

喜友名の石獅子

石獅子(いしじし)は、集落の魔除けや火返し(火災除け)のために、辻や村境に据えられた石の獅子。シーサーの古い姿ともいわれる。宜野湾・喜友名の集落には、メーマシチ前・ナカムトゥ前など、近くの拝所(うがんじゅ)の名を冠した石獅子が点在し、ひとつひとつ表情がちがう。素朴で愛嬌のある顔を、集落をあるいて探すのが楽しい。

浦添グスクとハクソー・リッジ

浦添グスクは、首里へ移る前の琉球・中山の本拠地。「浦を襲って勢力を拡大した」ことが「浦添」の地名の由来とも伝わり、王家の陵墓・浦添ようどれが残る。城の背にのびる前田高地は、沖縄戦で読谷から上陸した米軍と日本軍が激突した激戦地。米軍からは「ハクソー・リッジ(弓のこ尾根)」と呼ばれ、のちに映画の舞台にもなった。