新幹線で新山口へ前泊、居酒屋で夕食
旅のはじまりは夜の新幹線。台風の先っちょが近づいているらしいが、土日は持ちそう——そんな会話をしながら、前乗りの小郡(新山口)へすべりこむ。駅前の居酒屋は地元メニューの多い人気店で、山頭火の日本酒を傾けながら、宇部の甲イカのバター醤油炙りに箸がのびる。
〆鯖は酸味ひかえめで生に近い西日本の味、手巻きのあん肝に吟醸酒粕の炙り。どれも上品で、盛大に溢してくれる日本酒とよく合う。休日は混む店だというから、前乗りして正解だった。明日は早い。とっとと寝るとしよう。
津和野から高津川を遡り匹見峡へ、美都温泉泊
朝いちの列車を乗り継いで津和野へ、さらに石見横田でようやくスタート地点。前泊しないと始発でも昼になってしまう山あいの町だ。水質日本一の清流・高津川の支流を、源へと遡っていく。朝は寒いくらいだったのに、快晴の日差しが当たるとぐんと暑い。鮎釣りの人影がぽつぽつ、川が澄んでいるから「澄川」という地名なのだと知る。
渓谷にかかる古い吊り橋をわたり、不動明王の滝では大文字草が白く咲いていた。澄川八幡宮に手をあわせ、人家もまばらな渓谷の道をこぐ。匹見の里のウッドパーク郷土資料館では、かつて匹見から益田まで索道が通い、林業でめちゃくちゃ栄えたと教わる——益田が栄えたのも、匹見の木材あってこそだったらしい。
お昼はあえてのビーフシチュー定食。トロトロの牛肉に、分厚い生ハムをはさんだパンで(゚д゚)ウシー。デザートの益田の洋梨タルトまで平らげて、観光地らしく整備されていない野趣たっぷりの表匹見峡を抜ける。庄屋の暮らしを残す美濃地屋敷をのぞき、トラップだらけの長いトンネルから一気にダウンヒル。たどり着いた美都温泉は、なんと柴犬発祥の地。ヌルヌルのいいお湯に浸かり、益田のクラフトビールで一日を締めた。
高津川と匹見峡
島根県西部を流れる高津川は、本流にダムを持たない全国でも珍しい一級河川で、国交省の水質調査で何度も「水質日本一」に選ばれてきた清流だ。その上流に刻まれた匹見峡は、裏・表・奥の三つの峡谷からなる西中国山地の名勝。かつては山からの木材を索道で益田へ運び、林業で大いに栄えた土地で、その繁栄が河口の町・益田をも支えたという。わさびの産地としても知られ、道の駅にはわさび漬けやわさび焼酎が並ぶ。
柴犬と美都温泉
今夜の宿がある美都温泉のあたりは、「柴犬発祥の地」として知られる。昭和初期、洋犬との混血がすすんで純粋な日本犬が失われかけたとき、この石見の地で見いだされた一匹のオス犬「石号(いしごう)」が、現在の柴犬の基礎を築いたと伝えられる。温泉街には石号の像が立ち、宿のそばには記念の施設も。泉質はとろりとヌルヌルで、「島根で一番かも」と思うほどの名湯だった。
美都温泉から益田へ、石見神楽祭りで大蛇見物
最終日は、石見神楽ウィークの最終日。朝食をすませ美都温泉を出発、基本は下り坂で楽々と益田の市街へ。昨日とちがって下界はあつぃー。駅前のホテルがビルごと無くなっていたのに驚きつつ、日影のないホコテンへ。益田音頭のパレードがはじまり、「さても益田はますますは~んじょ♫」の声がひびく。
会場は四か所。真砂の「塵輪(じんりん)」は、金ピカの重そうな衣装をまとった神と侍が、弓や刀をくるくる回しながら鬼と舞い闘う迫力の演目だった。道川の日本武尊、横田の天神とめぐり、高津川リバービアの🥕ヴァイツェンでひんやり。昼は赤ラーメンの冷やしが思いがけずアタリ、益田氏館跡や、糸操り人形の残る「れきしーな」ものぞいた。
そしてグラントワへ戻れば、大蛇が大杉ワロタ。せいぜい四、五匹かと思いきや、須佐之男命や甲冑武者、市長たちまで加わって、大蛇はぜんぶで七十頭いたらしい。遠目にしか見られなかったけれど、金色にうねる大蛇の群れは圧巻。「首がまた生えますように」と祈りながら、益田駅から列車と新幹線で帰路についた。
石見神楽と大蛇
石見神楽は、島根県西部(石見地方)で受け継がれてきた民俗芸能。神話を題材に、絢爛な衣装と激しい囃子で舞われる。なかでも人気なのが、須佐之男命が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治する「大蛇(おろち)」。提灯の骨のように胴をつくった長大な蛇が、とぐろを巻き、火を噴きながら暴れまわる。この日の「大蛇大集合」では、須佐之男だけでなく甲冑武者や市長、プロレスラーまでが大蛇に挑み、総勢七十頭もの大蛇がうねった。