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鹿児島湾フェリー、大隅から指宿へ
KAGOSHIMA BAY · 2026 さつき

鹿児島湾フェリー、大隅から指宿へ

桜島をわたり、薔薇の丘と砂の温泉をめぐる。

2026.5.16 ▶ 5.17

Days2日間
Dist約256km
Area鹿児島・大隅・指宿
Top最高 194m

鹿児島市から鴨池港へ。カーフェリーの甲板に立つと、湯けむりを上げる桜島がどんと目の前に迫る。きょうの旅は、この錦江湾(鹿児島湾)を船で横切り、ふだんは足が向かない大隅半島を南へ下って、ふたたび船で薩摩半島の指宿へ渡るという、半島をまたぐ寄り道旅。

大隅では廃線になった大隅線のトンネルや駅跡をたどり、山の上のかのやばら園では咲きほこる薔薇に埋もれた。本土最南端の町から最終便の一本前に滑りこみ、夜は指宿名物の砂むし温泉で生き埋めになってポカポカ。翌朝は、潮が引くと海の上に道が現れる知林ヶ島をてくてく渡り、イーブイ一族のポケふたを探しながら、炎天下の初夏を駆け抜けた二日間。

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DAY 1 · 05.16

フェリーで渡った大隅半島から指宿へ

鴨池港から垂水ゆきのフェリーに乗る。海の上では桜島がぐんぐん近づき、甲板で船のうどんをすする——コシのある讃岐麺に甘い九州の出汁、この旅情がたまらない。桜島は鹿児島側より、むしろ垂水側から見るほうがきりっとカッコいい。上陸したら、かつて大隅半島の幹線だった国鉄大隅線の廃線跡をひたすら南下。信号つきのトンネルや、線路の名残が残る鉄道記念公園を横目に、5月とは思えない炎天下の道を進む。

汗だくで登りつめた山の上に、かのやばら園。ちょうど「かのやばら祭り」の会期で、園内は薔薇、薔薇、薔薇——色も香りもすさまじく、丘の上を吹き抜ける風がぶぁ~と生き返る心地。薔薇ソフトでひんやりチャージして、ふたたび峠を越え、本土最南端の町・南大隅へ。南蛮船を係留したという大楠に辺境の昔日を思いながら、根占港から最終便の一本前に滑りこむ。夜は指宿の砂むし温泉。浴衣一枚で砂に寝ころがると、ずっしり重く熱い砂の布団に包まれて、汗びっしょりのまま(゚д゚)ウマカー。

移動 約81.2km / 獲得標高 19m

大隅線のこと

かつて鹿児島の国分から大隅半島の東岸をぐるりと回り、志布志までを結んでいた国鉄の路線。大隅半島のいわば幹線だったが、利用者の減少で1987年に全線が廃止された。いまはその跡が自転車道や公園として整備され、トンネルや駅名標、ホームの一部が点々と残る。垂水や新城には鉄道記念公園が設けられ、海沿いの廃線跡をたどると、半島がかつて鉄路でつながっていた頃の気配にふと出会う。

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DAY 2 · 05.17

知林ヶ島の砂州渡りと指宿巡り

朝から日ざしが強い指宿。きょうは島ひとつと町をのんびり巡る日。足もとのマンホールは、なぜかイーブイとその進化形だらけ——シャワーズ、エーフィ、サンダース、リーフィア……背景にこっそりタイプ名が隠されたポケふたを、一枚ずつ探して歩く。建築が妙に個性的な「ふれあいプラザなのはな館」を抜けて、向かうは知林ヶ島。潮が引くと、海のまんなかに砂の道「ちりりんロード」が現れる陸繋島だ。

いままさに道がつながろうとしている——監視員の合図で、海を渡りはじめる。両側を波にはさまれて砂州を歩くのは、なにこれ楽しすぎ。対岸に渡りきり、帰りはもう水没していた往路がしっかり道になっていた。勢いで魚見岳へ登れば、眼下に砂州と指宿の町がぱあっと広がる絶景。考古博物館では開聞岳の火山灰に埋もれた遺跡の地層に見入り、置物かと思った犬に急に吠えられてビビる。しめは鹿児島市内にもどって回転寿司。黒潮に乗って薩摩まで来たというメダイと、ほぼ生のしめ鯖に(゚д゚)ウマカー、焼酎のハイボールで旅を締めた。

移動 約174.1km / 獲得標高 46m

知林ヶ島の砂州渡り

指宿の沖に浮かぶ、周囲約3kmの無人島。3月から10月ごろの大潮・中潮の干潮時に、長さ800mほどの砂州(砂の道)が海の上に現れ、歩いて島へ渡れる陸繋島(トンボロ)になる。道が現れるタイミングは日によって変わり、無理な横断で事故も起きたため、いまは監視員が渡り始める時間を見てくれる。砂州は「ちりりんロード」と呼ばれ、潮が満ちればまた海の底。この日の案内板には「砂州が消えるのはおよそ17時、16時半までに島から戻るように」とあった。帰りの潮にはくれぐれも用心を。