新幹線で広島へ 安芸津散策と竹原泊
旅のはじまりは、ピンクのキティ新幹線。広島まではあっという間で、呉線とバスを乗り継いで安芸津へ降り立つ。呉と竹原のあいだにありながら、なぜか内陸とくっついて東広島市——そんな土地のねじれも、歩いてみると面白い。あちこちで川を広げる工事が続く町を抜け、正福寺の坂を登ると、眼下に穏やかな安芸津港と大崎上島の島影がひらけた。桜が咲いたらさぞきれいだろう。
安芸津は広島杜氏のふるさと、酒のまちだ。杉玉のさがる柄酒造は、かつて「関西一」を名乗った蔵。お昼は駅前の英国料理店りばぷーるで本場のオムライスをいただく。卵硬めに酸味控えめのチキンライス、添えられた味噌汁が妙にうれしい。榊山八幡神社では、広島の酒を一変させた三浦仙三郎の銅像に出会う。境内には酒瓶や酒樽をかたどった珍しい奉納の石像もあるという。
呉線をひと駅、吉名へ。所得倍増で知られる池田勇人の生まれ故郷で、小早川隆景ゆかりの光海神社には名物のはやと羊羹。赤土のこの土地はじゃがいもの名産地で、かつては日本一の煉瓦の産地でもあったという。車窓からとんど——この辺りでいう「神明さん」を偶然見つけて途中下車。じゃがいもコロッケを頬ばり、竹原火力の煙突ごしに沈む夕日をぎりぎり間に合わせて宿へ。たけはら焼きに安芸津の富久長で、一日を流しこんだ。
広島杜氏のふるさと・安芸津
瀬戸内にのぞむ安芸津は、地元の軟水でうまい酒を醸す「軟水醸造法」を確立した三浦仙三郎を生んだ、広島杜氏発祥の地。かつて酒造の仕込み水は硬水が良いとされたが、仙三郎は苦心のすえ軟水醸造の技を磨き、広島の酒を全国区へと押し上げた。榊山八幡神社には彼の銅像が立ち、酒瓶や酒樽をかたどった珍しい奉納の石像も伝わる。西条や隣接する呉・竹原の酒名に押されがちだが、安芸津もまた誇り高き酒のまちである。
大久野島のうさぎと毒ガス遺構 忠海の神明さん
二日目は、宿のある竹原から忠海までのんびり歩く。県の天然記念物という楠神社のクスノキを見あげ、小説『エデンの海』の舞台になったおだやかな海辺を抜けて、忠海港へ。券売機に「うさぎの島」としか書いていないのが少し可笑しい——切符にはちゃんと大久野島と刷ってあるのに。船に揺られて十数分、桟橋に降りた瞬間から、もう足元はうさぎだらけだ。
歩いて島を一周する。駆け寄ってくる野うさぎは、猫のように甘えるでもなく、ただ餌をねだる野性味たっぷり。島のあちこちに水が置かれている。かつてここは地図から消された毒ガスの島で、朽ちた発電所跡や北部砲台、終戦後に火炎放射器で焼かれた長浦の毒ガス貯蔵庫跡が、うさぎの楽園とともに静かに残る。うさぎと戦争遺構、ふしぎな取り合わせの島だ。
忠海に戻り、お昼は穴子天重。揚げたてアツアツ、肉厚の穴子はふわふわでレンコンはサクサク、タレとゴマと海苔のご飯だけでも旨い。そして本命、二窓の神明さん。校庭に立てた高い神明さんを傾けゆさぶり、消防の見守るなか火が放たれると、冬空に炎が立ちのぼって一瞬で燃え尽きた。帰りは三原で鶏モツ入りの三原焼きをたぐり、広島経由で福岡へ。瀬戸内の冬をまるごと味わった二日間だった。
うさぎの島・大久野島
周囲約4kmの小島、大久野島。昭和期には旧日本軍の毒ガス製造拠点として地図から消され、「毒ガスの島」と呼ばれた。島内には発電所跡や砲台跡、毒ガス貯蔵庫跡などの戦争遺構が今も残る。一方で、戦後に放たれたとも、学校で飼われていた個体が始まりとも言われる野うさぎが繁殖し、今では数百羽が暮らす「うさぎの島」として人気の観光地に。おびただしいうさぎと戦争の記憶が同居する、不思議な島である。