福岡から延岡へ 延岡城・愛宕山と日向泊
旅のはじまりは、まだ暗い福岡。朝焼けを横目に特急で延々と南へ下り、「やっとついた、遠すぎ(ヽ´ω`)」と延岡に降り立つ。土曜の朝いちばん、チキン南蛮の元祖「直ちゃん」はもう開店前から行列。甘酢あんかけを想像していたら全然ちがった——薄い衣の上に、もじゃもじゃの“ヅラ”みたいな追加の衣がのり、そこへサラサラの甘酢が染みている。肉汁とソースがヅラからじゅわっと滲み、甘い麦味噌の味噌汁まで美味い。これは想像とは別物のご馳走だった。
腹ごしらえのあとは、師走なのに汗ばむ日向の陽ざしのなか延岡をぶらり。増水時に畳を挿して防波堤にするという五ヶ瀬川、高橋・有馬らが治めた延岡城跡の内藤記念館、煙突がシンボルの千徳酒造。遅れるバスを諦めて愛宕山まで登れば、日豊のまちと日向灘がすっと開けた。
日が落ちて、南延岡から日向市へ。宿に荷を置いて八幡通りの居酒屋に繰り出す。こんなに大きいのは初めてというイワシの尾引き刺身、見た目はジャガイモなのにむっちむちのイカ団子、焼酎のお湯割りで体の芯から温まる。〆は延岡発祥の辛麺を5辛で。「程よい辛さでニンニクたっぷり、最高」と、師走の夜がほかほかにほどけていった。
チキン南蛮は延岡生まれ
揚げた鶏肉を甘酢にくぐらせるチキン南蛮は、宮崎・延岡が発祥とされる郷土料理。タルタルソースをかける「おぐら」系がよく知られるが、元祖を名乗る「直ちゃん」はタルタルを使わず、甘酢だけで食べさせる。薄い衣にもじゃもじゃの衣を重ね、サラサラの甘酢をたっぷり染み込ませるのが身上で、タルタルのチキン南蛮とはまるで別物だ。ついでに、唐辛子とニンニクを効かせた「辛麺」も延岡が発祥で、この街は宮崎グルメの隠れた台所でもある。
新田原エアフェスタと西都原古墳群めぐり
二日目は、高鍋で夜明けを待つ。新しくなった高鍋駅から海水浴場へ降りれば、水平線の雲のむこうから朝日がのぼる。砂浜に点々と足あとがつづき、サンライズに合わせてサーファーたちが沖へ漕ぎ出していく——「サンライズ🏄かっこいい」と、しばし見とれた。
そして本日の本命、新田原エアフェスタ。台地の上の基地はシャトルバスも1時間前から満員で、着くころにはもうオープニングフライトが始まっていた。教官たちの10機編隊が轟音で空を裂いていく——これが今日いちばんの編隊。南向きで逆光はきついけれど、翼が空いっぱいに重なる眺めにしびれる。合間に、西都の鮎めし、一度食べてみたかったチーズハットグをほおばった。
午後は西都原へ。見わたすかぎりの野に、300基を超える古墳がぽこぽこと眠る。西都原で最後につくられたという鬼の窟、コノハナサクヤヒメの墓と伝わる女狭穂塚、ニニギノミコトの男狭穂塚。宮内庁管理で発掘できない陵墓参考地に、天孫降臨のロマンがくすぶる。やたら暗くて順路の謎な考古博物館を抜け、ケヤキ並木の記紀の道をたどって、麓の石貫神社へ。古墳の上を戦闘機が飛んだ日のことを思いながら、宮崎うどんで〆て、ピンクのネオンの空港から一時間かからぬ空路で福岡へ帰った。
新田原エアフェスタ
新田原基地は、宮崎県新富町の台地にひろがる航空自衛隊の基地。戦闘機パイロットを育てる教育の拠点で、ベテラン教官たちが腕を揮う。年に一度のエアフェスタでは、オープニングフライトに始まり、編隊飛行や機動飛行が青空に描かれる。この日のハイライトは教官による10機編隊——轟音とともに空を裂く迫力に、台地じゅうの観客がいっせいに見上げた。
西都原と天孫降臨
西都原古墳群は、東西にひろがる台地に300基以上が点在する、国内有数の古墳群。なかでも最大級の男狭穂塚(おさほづか)は天孫ニニギノミコト、隣り合う女狭穂塚(めさほづか)はその妃コノハナサクヤヒメの墓と伝えられる。両塚は宮内庁が管理する陵墓参考地で、発掘調査はできない。記紀神話の天孫降臨の舞台とも重ねられ、麓には大山祇神を祀る石貫神社が静かにたたずむ。