呑山観音寺の紅葉から宮若の炭鉱跡・追い出し猫へ
はじまりは無人の筑前山手駅。山の斜面にぽつんと浮かぶホームは、どこか「宇都井のような」佇まい。福岡のコンビニで初めて「おにぎり温めますか」と聞かれて面食らいつつ、朝ごはんを頬ばって歩きだす。鳴渕ダムの大きな堤体を見上げ、篠栗らしい現役の巡礼宿を横目に、ひたすら坂を登る(;´Д`)ハァハァ。
息を切らして着いた呑山観音寺は、もう燃えていた。仁王像の立つ石段をもみじのトンネルがつつみ、生垣は真っ赤に染まって、まるで炎が不動明王の背景になっているよう。参道には赤い前掛けの石仏が点々と並び、本堂わきの朱塗りの瑜祇大宝塔では、この秋だけの特別公開で両頭愛染明王を拝む——赤い顔と黒い顔をもつ珍しい明王だ。朝露をまとった薔薇もしっとりと美しく、気づけば駐車場は渋滞の列。本格的に混む前に、おはぎで一服してから退散する。
猫派のたわしは猫峠を越えて宮若へ。猛烈な下り坂の先に力丸ダム、やがて宮田の市街地に出る。この一帯は筑豊御三家・貝島家の縄張りで、パネルの写真にあった中央露天坑の跡は、いまや静かな池になっていた。宮若市石炭記念館は思ったよりボリュームたっぷりで、昔の写真を今の航空写真と見比べるのが面白い。道中、撮影班もなしに原付で爆走する出川一行とすれ違い、彼もまた昼飯難民だったらしいw
ところが好事魔多し。折れた柵に靴紐を引っかけて派手に転倒、肘膝肋骨を強打(ヽ´ω`)。幸い相棒のシルちゃんは無事。若宮のうどん屋はどこも15時まけで軒並み閉店、運の悪さを払うべく厄除け開運の追い出し猫をお迎えする。飼い主のため化け鼠と戦って死んだ猫を祀る猫塚に手をあわせ、ノーマークだった唐津街道・原町のいい雰囲気に出会い、締めはカツカレー。満身創痍だけれど、中身の濃い一日だった。
呑山観音寺と両頭愛染明王
篠栗四国霊場に連なる古刹で、「のうやまさん」の愛称で親しまれる。秋には境内のもみじやドウダンツツジの生垣が燃え立ち、九州屈指の紅葉名所としてにぎわう。参道には願いごとに応じた不動明王や石仏が点々と立ち、紅葉を背負うその姿は圧巻。この日は本堂わきの朱塗りの瑜祇大宝塔で、秘仏・両頭愛染明王(りょうずあいぜんみょうおう)が特別公開されていた。赤い顔と黒い顔のふたつの顔を持つ珍しい明王で、愛染明王と不動明王が一体になった姿とされ、縁結びや敬愛の功徳で知られる。
筑豊御三家とボタ山
宮若・宮田のあたりは、明治以来の石炭で栄えた筑豊炭田の一角。なかでも貝島太助がおこした貝島鉱業は、安川・麻生とならぶ「筑豊御三家」のひとつに数えられた。かつて地表を削って掘った中央露天坑は巨大なすり鉢状の坑で、閉山後は水をたたえた池となった。採掘で出た捨て石を積み上げた「ボタ山」は筑豊の原風景で、宮若市石炭記念館ではヤマの暮らしと盛衰、そして今の航空写真と見比べられる当時の露天掘りの様子を伝える。
追い出し猫と猫塚
宮若市の光谷(旧・若宮)に伝わる郷土玩具が「追い出し猫」。災いや悪いものを追い出し、福を招くとされる張り子の招き猫で、厄除け・開運のお守りとして親しまれる。近くの猫塚には、飼い主を救うため化け鼠と戦って命を落とした猫たちを祀る伝説が残る。呑山観音側の峠が「猫峠」と呼ばれるのに対し、猫塚はこちらの峠にある——伝説の比定地がはっきりしないぶん、両方がゆかりの地になっているのかもしれない。