← 一覧
八代 花火競技とくまモン、芦北・水俣へ
YATSUSHIRO · ASHIKITA · MINAMATA · 2025 あき

八代 花火競技とくまモン、芦北・水俣へ

球磨川の夜空に大輪、翌朝は城山とバラの町へ。

2025.10.18 ▶ 10.19

Days2日間
Dist約106km
Area熊本・八代・芦北・水俣
Top最高 134m

自転車の「シルちゃん」を連れていこうか迷ったけれど、雨もぱらつくし花火で混みそうだからやめにした。この日の主役は、球磨川の河畔で揚がる〈やつしろ全国花火競技大会〉。福岡からバスで熊本に出て、まだ暑さの残る八代のまちへ。

金ピカの龍王神社、クルーズ船が着いたくまモンポート、シンプルに美味いチャーシュー麺、ポケモンGOの人だかりの八代城跡……日が暮れるのを待って、河原で大輪の競技花火とドローンショーに見入った。翌朝は肥薩おれんじ鉄道で芦北・佐敷へ渡り、城山の眺めとバラの町・水俣をめぐった、まんぷくで濃密な二日間の記録。

1
DAY 1 · 10.18

八代入りとやつしろ全国花火競技大会

旅のはじまりは福岡からのバス。熊本に出て、まずは熊本のうどんを一杯——福岡のとはまた違う顔つきがおもしろい。駅で見かけた“本性くまモン”の詐欺注意ポスターにクスッとしつつ、八代へ。着けば工場のにおいと、十月とは思えないアッツィイイイ陽気(🥵)。駅から歩けば金ピカの龍王神社に出くわし、ちょっとこわい。繁華街は駅から遠く、本町商店街にはインバウンドの姿もちらほら——みんなお目当ては、きっと夜の花火だ。

空港ゆきのバスに揺られて、くまモンポート八代へ。需要あるのかと思っていたら、ちょうど大きなクルーズ船が着いていた。巨大なくまモン像に、ステップを埋めつくすくまモン軍団——人種を問わずみんな笑顔で記念撮影していて、見ているこちらまでにやけてしまう。八代に戻って、車窓から見えて気になっていた行列のラーメン屋へ。並ばずに入れて、飾りっ気はないけれどチャーシューとスープがシンプルに美味い🍜 マー油なしのにんにくフレークがスープと溶け合って、たまらない。

お祭りでんでん館で妙見祭の展示をのぞき、肥後細川家の筆頭家老・松井家の屋敷だった松浜軒の庭を歩く。八代城跡にはなぜか人だかり——みんなポケモンGOをやっていた。そして球磨川の河原へ。暮れゆく空にドローンショーのオープニング、競技大会だから花火会社ごとに五号・十号を揚げていく。山が近いぶん反響音が腹に響き、十号の振動はやっぱり段違い。そんなに混まずに正面からゆったり見られて大満足。帰りは列ゼロの肥薩おれんじ鉄道で、芦北・佐敷の宿へ。

移動 約80.0km / 獲得標高 69m

やつしろ全国花火競技大会

毎秋、球磨川の河畔で開かれる九州でも数少ない「競技」花火大会。全国から集まった花火師が、五号玉と十号玉、そして音楽に合わせたミュージックスターマインで技を競い合う。前年の優勝者の花火が採点の基準になるというから、観客も自然と品評の目になる。昇り曲導(のぼりきょくどう=打ち上がる途中の演出)の凝ったものが多く、山が近いために反響音が腹に響くのもこの会場ならでは。この年はオープニングにドローンショーも加わり、花火のあとにもう一度ドローンを飛ばして帰りの人出を分散させる、という趣向だった。

2
DAY 2 · 10.19

佐敷城跡と水俣めぐり

佐敷の朝は、めんたいと高菜で🍚が捗るばい。佐敷駅にもどると、芦北出身の漫画家が描いた〈芦北咖喱街道〉のパネル。山の上に見える佐敷城へ、ハァハァ言いながら登城(;´Д`)。遊歩道の階段には吸収された町の教育委員会の木札が転用されていたり、石垣にお地蔵さんが使われていたりして、歴史の積み重ねがそのまま足元にある。頂上からの眺めは格別——下界からは運動会の声(熊本は赤団白団らしい)、そして折り重なる山のグラデーションが、まるで一枚の山水画だ。

佐敷は薩摩街道の宿場町。岩永醤油の残る古い町並みをあるき、道の駅芦北でこぽん🍊でおみやげを買って、水俣へ向かう。水俣病資料館でお勉強——単なる環境汚染・公害病という話にとどまらず、産業の恩恵と被害のジレンマ、市民の分断といった、社会的・心理的な問題が浮き彫りになっていて、いろいろ考えさせられる。資料館の建つ半島のすぐ下、運動場や道の駅のあるエコパークは、水銀ヘドロを封じ込めるための埋立地なのだった。

お昼は道の駅みなまたで、野菜たっぷりのちゃんぽん。デザートはローズソフト🌹——んほ~、口の中が一瞬でベルサイユ宮殿、華やかなだけじゃなくちゃんと美味しい。隣のエコパークのバラ園では、秋バラが咲いていた。帰りの列車まで、チッソ系の生協だった水光社や徳富蘇峰の生家を横目に水俣のまちをぶらり、おるがんとのもっちりドーナツでひと休み。重い荷物を抱えて、夕方のおれんじ鉄道で福岡へ帰った。

移動 約25.6km / 獲得標高 51m

水俣病資料館で学ぶ

水俣病は、チッソ水俣工場が海へ流した排水に含まれるメチル水銀が、魚介を通じて人の体に蓄積して起きた公害病。1956年に公式確認され、日本の四大公害病のひとつに数えられる。資料館では、語り部の証言や年表を通してその歴史を伝えている。被害の重さだけでなく、企業城下町ゆえの「産業の恩恵と被害のあいだのジレンマ」や、患者と地域のあいだに生まれた分断まで突きつけてくるのが重い。資料館の足元に広がるエコパーク(運動場やバラ園のある埋立地)は、水銀を含むヘドロを封じ込めるために造られた土地だ。