筑前深江から唐津へ ボートレースからつと唐津花火大会
スタートは筑前深江駅。駅前のいなほ焼きはまだ準備中で、ちょっと残念。まずは深江神社で旅の安全をペコリペコリ祈願して、朝ごはんのおにぎりをほおばったら、向かい風のなか糸島の海岸線へ漕ぎ出す。鎮懐石八幡宮から望む姫島は、きれいな三角のかたち。大入漁港の独特な仕切りを横目に、鳴き砂で知られる姉子の浜まで、玄界灘の青をなぞって走る。
福ふくの里でおやつの石がきだごをつまみ、佐賀県にキタ━━!! 「家にけえらん(帰らん)」の語呂でおなじみ、浜崎名物のけえらんを本家で買い込み、虎にまつわる鏡神社へ。ボートレースからつは一階にカフェや勉強する学生もいて、賭博場という雰囲気ではない。234の三連複が当たって200円が3240円に化け、勝った勢いで“勝つ丼”をかき込んだ。
宿は虹の松原の真ん前——と思いきや、海側ではなく松側のお部屋で(´;ω;`)。そして日が暮れて、松浦河畔公園の川の上から花火が打ち上がる。アナウンスも演目もなく、30分ひたすら上げ続ける潔さ。真ん前の川面から立ちのぼる迫力と、フィナーレのこれでもかという連発に、飲み食いする間もなく見入った。
けえらん
「家にけえらん(帰らん)」——ではなく、佐賀・浜崎に伝わる餅菓子の名前。やわらかく細長く伸ばした餅で、甘さひかえめのあんこを巻いたシンプルなお菓子だ。もちっとした食感と素朴な甘みが身上で、国道沿いにも店をかまえる本家のほか、別系統の店もあって食べ比べができる。イカの形をかたどったイカ羊羹のような変わり種もあり、唐津・浜崎あたりのちょっとした名物になっている。
東松浦半島から鷹島、松浦・伊万里経由で帰宅
モーニング虹の松原。朝の東の浜は景色がよく、涼しくて気持ちがいい。唐津城を望んでから市街を西へ抜け、台地の縁の長い坂をこいで東松浦半島の内陸部へ。峠でいい顔をした恵比寿さんに出会う。と、そこへ玄海原発の避難訓練アラートが鳴りひびいて肝を冷やす——【これは訓練です】の一文に、ほっと胸をなでおろした。
坂道をヒーコラ登って肥前町へ。稲刈りの終わった棚田がひろがり、風車の道の先からは玄海原発がよく見える。思いのほか立派な男滝に見とれたあと、潮風をあびて鷹島大橋を渡れば、ここからは長崎県。道の駅鷹ら島のお目当ては、やっぱりマグロ。脳天の脂ののりは大トロ級で、血ではなく脂の味がする、天然物のぜいたくな一皿だった。
鷹島はアップダウンがきつい。荒れ果てた公園にぽつんと佇む少弐景資像、宮地岳の史跡公園、そしてまさかのモンゴル村——ゲルが並ぶ平原に「モンゴルついた🇲🇳」とはしゃぐ。島の海のどこかには、元寇で沈んだ船が眠る。鷹島神崎遺跡は日本初の海底遺跡で、埋蔵文化財センターの元寇の展示が面白い。殿ノ浦からフェリーで今福へ渡り、松浦鉄道にゆられて伊万里へ。〆は忍者うどんで、うどんと思いきや太麺の皿うどん。思ってたんと違うけど、ボリュームたっぷりで美味かった。
元寇の島・鷹島
鷹島のまわりの海には、700年以上むかしの戦いの痕跡が沈んでいる。1281年の弘安の役、ふたたび日本に攻め寄せた元(モンゴル帝国)の大軍は、暴風雨——のちに「神風」と呼ばれる台風——によって鷹島沖で壊滅した。海底からは元軍の船体や碇、「てつはう」と呼ばれる陶製の爆弾などが見つかり、鷹島神崎遺跡は日本初の海底遺跡として国の史跡に指定されている。島内にはモンゴル村や元寇ゆかりの石碑が点在し、歴史のロマンが色濃く残る。