姪浜から渡船で小呂島へ 戦争遺構と獄宮神社
はじまりは姪浜の渡船場。「晴れた日は出かけよう」とばかりに、市営渡船「ニューおろしま」に乗りこんで玄界灘へ出る。六十五分ゆられた先に見えてきたのが、絶海の孤島・小呂島。船は一日二往復、日帰りで島にいられるのは三時間きり、宿はひとつもない——降りた瞬間から、もう帰りの船が気にかかる、そんな島だ。
集落は港をかこむ斜面にびっしり。島の奥へは一本道で、いちばん奥に小中学校がある。旧海軍の基地があったせいで空襲も受けたという島には、いまも弾薬庫跡が残る。電気などないからスマホのライト頼りで中をのぞくと、ひんやりとした闇になかなかの雰囲気。水は海水を淡水化してまかない、海を見おろす墓地には今どきの墓石と昔ながらの丸石の墓標が入りまじる。軒先には玉ねぎ、斜面には小さな畑。草に埋もれかけた小道の長い石段を登って、嶽宮神社にペコリパンパン。
本土より空気は澄んでいるのに、とにかく暑い🥵 熱中症になりかけ、おとなしく日影で帰りの船を待つ。釣り人はテント持参で野宿するらしい。出港がちかづいて待合室が開くと、島民が続々と魚を抱えてやってきて、置いてある秤で自分で重さを量り、宅急便で本土へ送り出していた。船でもどって、姪浜ではスリランカカレーに寄り道。まずは生ビールで汗を流し、ターメリックライスのカレーと、丸い揚げもの「カタリス」をかじる。ノーおみやげでフィニッシュ(´・ω・`)
小呂島ってどんな島?
博多湾の外、玄界灘にうかぶ福岡市西区の離島。市街地からは約40km離れた、福岡市でいちばん遠い有人島だ。姪浜からの市営渡船は一日二往復、片道およそ65分。周囲わずか3kmほどの島に数百人が暮らし、ブリ漁をはじめとする漁業で知られる。港をかこむ急斜面に家々がびっしりと建ち、島の奥には小中学校がひとつ。川がないため生活用水は海水の淡水化などでまかなう、海とともに生きる島である。
島に残る戦争の記憶
玄界灘のこの島には、かつて旧海軍の施設が置かれていた。大陸や朝鮮半島に向きあう最前線の位置ゆえ、戦時には空襲の標的にもなったという。いまも島内には弾薬庫跡や望楼跡などの遺構がいくつか残る。ほとんど手が入らず、照明もないため、中をのぞくにはスマホのライトが頼り。苔むしたコンクリートの闇に、静かな島の歴史が沈んでいる。