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霊峰石鎚と俳都松山
ISHIZUCHI & MATSUYAMA · 2025 晩夏の四国

霊峰石鎚と俳都松山

鎖にすがり、句に酔う。霧の霊峰と瀬戸内の二日間。

2025.8.23 ▶ 8.24

Days2日間
Dist約572km
Area愛媛・石鎚山
Top最高 2011m

晩夏の四国。日本七霊山のひとつ、西日本最高峰の石鎚山(天狗岳1982m)へ。伊予西条からバスとロープウェイを乗り継ぎ、標高1300mの成就社に立つと、涼しい——けれど何も見えない。山頂はぶ厚いガスの底だった。

石鎚といえば、垂直の岩肌を登る鎖(くさり)。試しの鎖から三の鎖まで、濡れた岩に怖気づいて迂回路を選びつつ、それでも頂へ。土小屋へ下るころ雲が切れ、瀬戸内まで続く尾根と谷に息をのんだ。夜は久万高原の豚太郎で味噌ラーメン。翌日は俳都・松山へ降り、鯛めしをかきこみ、高校生たちの俳句甲子園に手に汗を握って、三津浜からフェリーで本州へ。鎖と句の、密度の濃い二日間。

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DAY 1 · 08.23

石鎚山登頂と久万高原泊

伊予西条の朝。今治からバスを乗り継いで、石鎚登山ロープウェイの山麓・下谷駅へ。くたびれた駅舎は「寂れ果てた観光地」の気配ただよう佇まいで、客は十五名ほど、ほとんどがバス客だ。ゴンドラでぐいと高度を上げ、標高1300mの山頂成就駅に降り立つと——涼しい! 何も! 見えない! あたりは真っ白なガスの底だった。

歩いて成就社へ。山の上なのに巨大な旅館が建ち並ぶのに、登山者はぽつぽつで賑わいの欠片もない。石鎚神社成就社の鳥居をくぐり、いよいよ石鎚名物の鎖へ。崩れそうな木の階段の猛烈な登り返しをこなし、試しの鎖、一の鎖、二の鎖、三の鎖——どれも垂直に近い岩肌で、濡れていて正直ムリゲー。恐れ知らずの外国人すら引き返す有様に、こちらも素直に迂回路を選ぶ。前社ヶ森の売店ですすった「力あめゆ」は、生姜が効いてε-(´∀`*)ホッと生き返った。

迂回路の鉄階段を踏みしめ、石鎚山・弥山に登頂。目前にそびえるはずの天狗岳は、やはりガスの向こうで見えねェェェ(´Д`)。それでも山ごはんのおにぎりは格別だ。帰りは土小屋ルートへ。断崖絶壁の下をトラバースすると、少しずつ雲が切れ、尾根と谷が顔を出した。無事の下山を遥拝殿で感謝し、土小屋テラスでフランクフルトとビールをぷふぅ~🐗🌭🍺。バスで久万高原へ下り、豚太郎の味噌ラーメンで一日を締めた。

移動 約319.2km / 獲得標高 1129m

石鎚山と鎖

石鎚山は西日本最高峰(弥山1974m/天狗岳1982m)にして、古くから修験道の霊場として知られる日本七霊山のひとつ。山頂へ至る参道には「試しの鎖」「一の鎖」「二の鎖」「三の鎖」と呼ばれる鎖場があり、ほぼ垂直の岩肌を太い鉄鎖だけを頼りによじ登る。なかでも試しの鎖は石鎚で唯一の下りの鎖があり、登りきった先で引き返せない難所として知られる。各鎖には迂回路(巻き道)が整備され、鎖に挑まずとも山頂に立てる。山上の成就社は、修行を終えた者の願いが成就するとされる社だという。

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DAY 2 · 08.24

松山で俳句甲子園観戦、フェリーで帰福

久万高原の朝は、やっぱり涼しい。道の駅「天空の郷さんさん」の開店を待って地元の産品をあさる。噂の真っ黒なソフトクリームやおこう饅頭を横目に、松山行きのバスへ。仁淀川の最上流から平野へ一気に下る道は、ループあり長いトンネルありの難路——そして「まっちゃまついた!」。だがアツい🥵。真新しい高架駅の裏で、見慣れた旧駅舎が解体され、廃墟と化していて(´;ω;`)ブワッ。

まずは駅ナカで腹ごしらえ。松山鯛めしと鍋焼きうどんをかきこめば、地味だけど宇和島の鯛めしにも負けてないかも、という旨さ。そして俳都・松山では、ちょうど俳句甲子園の真っ最中だ。高校生たちがプラカードで入場し、互いの句を発表し合い、ダメ出しと反論のディベートで競う。先鋒から大将まで、剣道のような団体戦。決勝は洛南対横浜翠嵐、翠嵐が優勝🏆。青春を句に賭ける姿に、すっかり見入ってしまった。

名残を惜しみつつ松山市駅から三津浜港へ。石崎汽船のレトロな社屋を抜け、フェリーに乗りこんで「さらば松山」。瀬戸内に日が傾き、金色の海に島影が浮かぶ。柳井港に降りれば、折しも花火があるとかで人がいっぱい(ヽ´ω`)。徳山から新幹線を乗り継いで、博多に着いたのは深夜。帰り着いてすすったウチダヤの豚骨醤油ラーメンで、濃密な二日間をしめくくった🍜。

移動 約252.6km / 獲得標高 168m

俳句甲子園

正式には「全国高等学校俳句選手権大会」。俳都・松山で毎夏開かれる、高校生の俳句の団体戦だ。5人一組のチームが与えられた題(兼題)で句を詠み、先鋒から大将まで一対一で対戦。句の出来に加え、互いの作を鑑賞・批評し合うディベートの巧拙も採点され、最後に審査員が紅白の旗を揚げて勝敗を決める。松山は正岡子規・高浜虚子を生んだ「俳句のまち」で、街角の投句箱や句碑もその文化の名残。句の良し悪しだけでなく、知識とユーモアと頭の回転がものを言う、見ていて熱い大会だ。