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九重夢大吊橋と阿蘇 九州横断バスの山旅
KUJU & ASO HIGHLANDS · 2025 まなつ

九重夢大吊橋と阿蘇 九州横断バスの山旅

噴火する前に、涼しい山へ避暑に。

2025.7.5 ▶ 7.6

Days2日間
Dist約263km
Area大分・熊本
Top最高 1129m

トカラ列島がゆれ、新燃岳が噴き、阿蘇まで活発化してきた——そんな七月のはじめ。「噴火するかもしれないけど、まあ山に避暑しに行こう」と、下界の暑さから逃げるように九州の屋根へ向かった。

福岡からバスを乗り継いで、まずは九重。日本一とうたう夢大吊橋を渡り、深い谷に落ちる震動の滝をのぞき、白蛇ちゃんを手にのせてもらう。飯田高原の濃厚ソフトに舌鼓を打ち、長者原の硫黄冷泉でヒエヒエになって一泊。翌朝は九州横断バスで草原を越えて阿蘇カルデラへ降り、行列のからあげをほおばってから、参勤交代の石畳を踏んで二重峠を越えた。電波は届かないけれど、草原を吹き渡る風だけはどこまでも気持ちよかった、涼をもとめる二日間。

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DAY 1 · 07.05

九重夢大吊橋と飯田高原、長者原温泉泊

下界はうだるような暑さ。ならば山へ逃げよう——福岡からバスに揺られ、豊後中村で乗り換える。どこかポケモンのフィールドマップめいたのどかな乗り継ぎを経て、たどり着いたのは九重“夢”大吊橋。「これ本当に日本一?」と半信半疑のまま渡りはじめると、立ち止まれば確かにゆれるのに、歩いているとほとんど揺れを感じない。眼下には飯田高原から落ちる震動の滝、深くえぐれた九酔渓の谷。高いところは、やっぱり気持ちがいい。

橋のたもとの白蛇ちゃん参拝所は、ちょっと怪しげな雰囲気。でも手にのせてもらった白蛇はずっしり重く、ひんやりツルツルで、思いのほかきゃわわ。橋を渡って戻るだけではつまらないので、そのまま高原を歩いて名物のソフトクリームを食べに行くことにした。

景色が開け、標高のある高原らしい眺めに。濃厚なソフトクリームと飲むヨーグルトで一息——店の中よりも外の風のほうが涼しいというから、さすが高原。ワイルドな祠の立つ釜の口温泉でちゃぷりと湯につかれば、析出物のすごい濃いお湯。バスでさらに山の上、長者原へ。タデ原湿原の草原を風が吹き渡るなか、見た目は唐揚げなのにとり天という一皿で昼夕を兼ね、締めは星生温泉の硫黄冷泉。17度のヒエヒエと熱めの湯を行き来する交互浴がピリピリ気持ちいい。部屋の温度計は42℃、外ではひぐらしが鳴いていた。

移動 約103.5km / 獲得標高 1206m

九重“夢”大吊橋

飯田高原の鳴子川渓谷にかかる、歩行者専用の吊り橋。長さ390m、谷からの高さは173mで、歩道専用の吊り橋としては日本一の高さを誇る(2006年開通)。橋の上からは、日本の滝百選にも選ばれた震動の滝と、新緑・紅葉で名高い九酔渓の深い谷を見晴らせる。立ち止まるとわずかにゆれるが、歩いている分にはほとんど揺れを感じない設計だ。

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DAY 2 · 07.06

九州横断バスで阿蘇へ、二重峠越えて帰宅

今日のバスは遅い出発。登山口の店は9時まで開かないので、電波の届かない朝をのんびり過ごす。部屋より外のほうが圧倒的に涼しくて、朝のタデ原には草原を渡る風。やがて九州横断バスで無電波地帯を脱出し、車窓に流れる高原を眺めながら、朝ごはんはやまなみチーズバーガーを片手に。瀬の本で休憩し、広い草原を越えて、バスはゆっくりと阿蘇のカルデラへ降りていく。

阿蘇駅には観光列車あそぼーい!の黒い車体。地震の噂で客が減ったと聞いたのに、カルデラの底はけっこうな賑わいだ。外輪山のいちばん低くなったあたりを目指して水田のあいだを歩くと、辺鄙な場所なのに行列のできるからあげ屋。30分待ちと言われて一度あきらめかけたが、予約客の遅れで200gをGET。揚げたてサクサク、肉はプリプリ、塩気強めの塩唐揚げで(゚д゚)ウマカー。衣も芋も厚いいも天は、2枚頼んだら小さいからと3枚にしてくれた。

腹ごしらえを済ませ、外輪山の上へ豊後街道の石畳を登っていく。参勤交代の道だけあって、勾配はそれなりでも石畳の面はしっかり歩きやすい——築城の名手・せいしょこたん(加藤清正)の仕事かと納得する。二重峠を越えて大津へ下山し、火の山温泉どんどこ湯でちゃぷり。熊本経由のバスを乗り継いで博多へ戻り、締めは麺の入らない福岡スタイルのお好み焼き、そして“デザート”と称する豚骨ラーメン。暑い下界に帰ってきても、草原の風の記憶だけはひんやり残っていた。

移動 約159.6km / 獲得標高 277m

豊後街道と二重峠の石畳

熊本と大分の鶴崎をむすぶ豊後街道は、肥後藩の参勤交代に使われた主要路。阿蘇の外輪山を越える二重峠には、当時の石畳がいまもよく残る。街道を整備したのは、築城の名手として知られる初代熊本藩主・加藤清正(地元で“せいしょこたん”と親しまれる)。勾配のある峠道ながら石畳の面はしっかりと組まれ、数百年を経てなお歩きやすい。カルデラの底から外輪山の上へと、草原のなかを一歩ずつ登っていく道だ。