折尾から堀川運河をたどり遠賀川水源ポンプ室へ
スタートは折尾駅。立体交差で知られた古い駅舎は、レトロ調の端正な姿に建て替わり、運河沿いにあった飲食店街のほうは跡形もなく消えて工事の囲いが広がっていた。それでも朝ごはんは、やっぱりここ——駅名物・東筑軒のごぼ天うどん。ごぼうの天ぷらをのせた一杯とミニかしわめしで、(゚д゚)ウンマカーと声が出る。これがこの日、昼まで続く“ごぼかし”の一食目になるとは、まだ知らない。
いよいよ堀川運河をたどって歩く。筑豊で掘り出した石炭を若松の港へ運ぶために、人の手で掘られた水路だ。西鉄の廃線跡だという赤煉瓦のアーチ、山をぶち抜いた切貫、川の下をくぐらせる伏越——掘って・くぐらせて・つないでの連続に、明治の土木のしぶとさがにじむ。ふと見あげれば、桜はもう満開ちかく。少し水路を離れると、桜の下にスフィンクスが寝そべる“世界一周”の珍スポットまで現れて、思わず足が止まる。やがて唐戸の大樟に出迎えられ、水は中間の唐戸水門から遠賀川へと注いでいく。
そしてこの日のゴール、世界遺産・遠賀川水源地ポンプ室。八幡製鐵所へ送る水を、いまも汲み上げ続ける現役の施設だ。中には入れずチラ見で終わりかと思いきや、どこからともなく語り部のおじいちゃんが現れて、製鐵所と堀川の話をあれこれ。風が強くて体は冷え冷え((((;゚Д゚))))だったけれど、戦時に水へ毒を入れられないよう見張った監視台や、空襲よけに黒く塗って戦後に白く塗り直し、それが剥げて赤煉瓦が斑にのぞく外壁——生きた産業遺産の手ざわりに、すっかり引き込まれた。
帰り道も寄り道だらけ。昼はまたしてもごぼ天うどんに、皮はしっかり中はトロトロのおでんの厚揚げを添える。桜の名所・埴生神社と垣生公園の花、猫城址に、北九州名物シロやのサニーパン自販機。水巻の直売所(名物はでかにんにく🧄)をのぞいて福岡へ戻り、夜は串かつ屋でごまさばに鳥皮、豚バラの巻きもの——三食ごぼかし“未遂”の一日を、香ばしい串でしめくくった。
堀川運河とねじりまんぽ
堀川は、遠賀川の水を芦屋の海へ流すために江戸期から掘り継がれた人工の運河。やがて筑豊炭田の石炭を川ひらた(川舟)で若松へ送り出す動脈となり、流域の近代化を支えた。道中の「ねじりまんぽ」は、斜めに交わる道をくぐらせるため煉瓦を螺旋状にねじって積んだトンネルで、強度を保つ先人の工夫。山をまっすぐ貫いた切貫、川の下を水路でくぐらせる伏越(ふせこし)と合わせ、掘削土木の見本市のような水路だ。とりわけ吉田・大膳間の切貫は、全長456mの岩盤を9年かけて人力で掘り抜いた難所で、県の指定史跡になっている。
遠賀川水源地ポンプ室
1910年(明治43年)、官営八幡製鐵所の操業拡大にともなう水不足を補うため、遠賀川の水を汲み上げて製鐵所へ送るべく建てられた赤煉瓦のポンプ室。100年を越えたいまも現役で、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産としてユネスコ世界遺産に登録されている。戦時中は空襲よけに黒く塗られ、戦後に白く塗り直されたが、その塗装が剥げて下地の赤煉瓦がのぞき、外壁はいまも斑模様。毒物の混入を見張った監視台も、敷地の片隅に残っている。