自転車で福岡市西区から糸島の海岸をめぐる
室見川のあたりの景色が、昔から好きだ。春先のこの川には、河口にシロウオ漁のやな(簗)が組まれる。踊り食いしてみたいなと横目に見ながら、まずは姪浜へ。定食屋の「定番スペシャル」で野菜炒めをかきこんで、いざ糸島へ出発する。
長垂の海岸は、ビーチと住宅の距離感がすごい。今津の干潟ではカブトガニの産卵場という看板を見つけ(肝心のカブトガニはどこー?)、元寇防塁の石積みにたどり着く——これがなければ日本はモンゴルに支配されてたかもしれん、と思うと感慨深い。だが唐泊まで来てもまだ福岡市。西区は広すぎる(ヽ´ω`)。
やっと糸島市。二見ヶ浦はインスタ映えスポットになっていて外国人だらけ、道の駅のあるべき場所になぜかうなぎ屋があってタレの匂いが一帯に充満している。天気も海もいいが、風が強すぎて風邪をひきそう。OotDog の上品なソーセージで温まり、芥屋の荒磯で柱状節理の岩を眺めた。あぜ道の麦は、いつの間にかもうこんなに育っている。
潮が澄んで、海の色が浅瀬から沖へとグラデーションになる。うみきれい。醤油屋さんの赤レンガ煙突がかっこよく、戦時中は秘密基地があったという。「田中六五」で知られる白糸酒造をのぞき、締めは伊都菜彩でおみや。糸島は地域ブランドが多い——東の宗像、西の糸島だ。向かい風にやられてお尻も足もパンパン、ただいま。
元寇防塁
鎌倉時代、二度にわたる元(モンゴル)の襲来に備えて博多湾の沿岸に築かれた石積みの防壁。文永の役(1274年)のあと、幕府が御家人に命じて約20kmにわたって造らせ、弘安の役(1281年)では元軍の上陸を阻む大きな働きをした。今津地区に残る一帯は国の史跡で、玄界灘を望む松林のなかに石塁が保存されている。石の積み方が場所によって違うのは、区間ごとに別々の国の御家人が担当して築いたなごりだという。七百年前、ここが国の運命を分けた最前線だった。
糸島の地域ブランド
玄界灘と背振山地にはさまれた糸島は、海の幸・山の幸ともに豊かな食の町。牡蠣小屋や糸島豚、放し飼いの卵、ハーブや野菜まで、ブランド化された特産がずらりと並ぶ。醤油や清酒の蔵も健在で、赤レンガ煙突の北伊醸造、全国唯一のハネ木搾りで「田中六五」を醸す白糸酒造が今も続く。産直市場「伊都菜彩」はJA糸島が運営する直売所で、全国有数の売上を誇る。「東の宗像、西の糸島」と並び称される、福岡の台所だ。