小倉で早朝うどん、田川で石炭・歴史博物館めぐり
まだ眠い目をこすりながら、小倉南区の北方へ。住宅地のまんなかに、朝5時から湯気を立てる今浪うどんがある。このあたりはなぜか早朝からやるうどん屋が密集していて、いつかコンプしたい密集地帯だ。素朴な店構えに腰を落ち着け、運ばれてきた肉うどんをひとくち——美味い、美味過ぎる。肉がどうしたらこうなるのかというほど柔らかく、麺は硬め、スープの色は濃いめで、ふだんの福岡うどんとはだいぶ顔つきがちがう。常連さんは小に替え玉、というのがこの店の流儀らしい。
小倉駅まで戻れば、ホームの名物かしわうどん。肉うどんとは全然タイプが違うけれど、甘い出汁と甘辛いかしわがよく合って(゚д゚)ウマカー。腹ごしらえを二段がまえで終えたら、日田彦山線に乗りこんで田川へ向かう。台風みたいな猛烈な風が吹くなか、頭の中ではもう炭坑節が鳴っていた——月が出た出た、月が出た。
田川伊田駅前に広がるのは、石炭記念公園。炭坑節に歌われた二本煙突と、どっしりした竪坑櫓が、どんよりした空へ向かって立っている。隣の田川市石炭・歴史博物館では、炭鉱で働いた山本作兵衛が描き残した炭鉱記録画に見入り、復元された炭鉱住宅(炭住)に足を踏み入れた——台所で炊事する人形、ちゃぶ台を囲む一家。地の底の労働と、その暮らしの記憶が、素朴に、克明に残されている。
伊田商店街を歩けば、土曜なのに人っ子ひとりいやしねえ┐(´д`)┌。閉じたシャッターには、まちの人が描いたレトロな絵。すっごいレトロなブルーシールのアイス屋さんは、もう店じまいしていた。炭鉱でにぎわった時代の残り香だけが、静かなアーケードにただよう。おみやを探しに道の駅いとだへ寄り道し、雨のなかどこかに傘を忘れてきて(´;ω;`)ブワッ。締めは天神まで戻って、ビーフバター焼き。地味な見た目に反して、酸味のきいたBBQソースとカリッと焼けたスパゲティがなかなか悪くない。石炭とうどんを腹いっぱい詰めこんだ、よくばりな一日が暮れていった。
月が出た出た——炭坑節と筑豊
「月が出た出た 月が出た ヨイヨイ」。日本じゅうの盆踊りで歌われる炭坑節は、ここ筑豊炭田・田川の三井田川鉱業所をうたった唄がもとといわれる。歌詞に出てくる「あまり煙突が高いので さぞやお月さん煙たかろ」の煙突こそ、石炭記念公園に残る二本煙突だ。明治から昭和にかけて、筑豊は日本の近代化を足もとから支えたエネルギーの一大産地だった。
山本作兵衛と世界記憶遺産
田川市石炭・歴史博物館が誇るのは、炭鉱夫として地底で働いた山本作兵衛(1892-1984)が、晩年に記憶をたどって描いた約千点の炭鉱記録画。坑内の過酷な労働や、炭坑住宅の暮らしが、素朴で温かい筆致で克明に残されている。2011年、これらを含む作兵衛の作品群は、日本で初めてユネスコ「世界の記憶(世界記憶遺産)」に登録された。地の底の名もなき労働が、世界の記憶になった。