飯塚で雛めぐり、香椎宮で節分豆まき
旅のはじまりは、福岡市から飯塚市へ。「雛のまつり」ののぼりがはためく町に降り立ち、まず向かうのは旧伊藤伝右衛門邸。筑豊の炭鉱で財を成した伝右衛門が、和洋の贅をつくして築いた豪邸だ。門をくぐれば——おひなさま早杉ぃ…。数えきれない雛人形が、座敷という座敷を朱色に染めている。
圧巻は、座敷いっぱいに広がる段飾りの“箱庭”。うぉ~これはしゅごいね🎎 と声がもれる。よく見れば、川で魚を釣る人、神輿をかつぐ人、お面を売る露店、歌舞伎に相撲、明治の軍楽隊に大砲まで——芸が細かい。手前からでは見えない奥までびっしりで、いっそ小さくなって中を歩き回りたくなる。金地に蝶を舞わせた欄間や、洋館めいた大理石の手洗い場に、炭鉱王の暮らしの名残を見た。
近くの人気店・純とんこつ無双で昼ごはん。店主は口コミどおり「したっ、したっ、したーっ」しか言わないツーオペで、出てきた一杯はしっかりした白濁とんこつにワンタン入り。こりゃ(゚д゚)ウマカー💕 商店街は思いのほか静かで、のぼりだけが風に鳴っていた。
午後は福岡市東区の香椎宮へ、節分の豆まきに。朱塗りの楼門の下に人がぎゅうぎゅうに集まり、福豆が宙を舞う。投力が足りず後ろまでは届かなかったけれど、ちょうど飛んできた豆をひとつキャッチ。福岡名物の大きなおたふく面は、白目が青くてキモさ倍増——でも、どこか憎めない。帰りはにしてつストアで恵方巻をGET。恵方は西南西、無言で丸かじりして一日を閉じた。
旧伊藤伝右衛門邸と雛のまつり
筑豊の炭鉱で財を成した「炭鉱王」伊藤伝右衛門が、明治末から大正にかけて築いた豪邸。数寄屋の座敷に、大理石の洗面所やステンドグラス、金地に蝶を描いた欄間など、和と洋が溶けあう贅がいまも残る。伝右衛門の妻は、大正三美人にかぞえられた歌人・柳原白蓮。のちに邸を出て世を騒がせた「白蓮事件」の舞台でもあった。立春のころ、この屋敷は数千体ともいわれる雛人形で埋めつくされ、「筑前いいづか雛のまつり」の主役となる。
節分とおたふく、恵方は西南西
節分は立春の前日、冬と春の境目に「鬼は外、福は内」と豆をまいて邪気を払う行事。福岡では炒り大豆のかわりに落花生をまく神社や家も多く、殻つきなら拾って食べても安心だ。そして福岡の節分といえば、社の門に据えられた巨大な「大お多福面」。大きく開けた口をくぐると、その年を無病息災で過ごせるという。福を招くおかめの顔も、ここまで大きいとちょっとキモかわいい。締めの恵方巻——2025年の恵方は西南西。その方角を向いて、無言で丸かじりするのが作法とされる。