原田線と折りたたみ自転車で筑豊の宿場町・麻生大浦荘巡り
夜明け前の原田駅。ICカードも使えない非電化の原田線に、思ったより多い客とともにゆられて桂川へ。乗り換えて筑前内野で降りれば、山あいの無人駅はまさかのログハウス風。クロちゃんを組み立て、冷水峠をひかえた長崎街道の宿場町・内野宿へすべり込む。小倉屋、肥前屋、長崎屋——街道の行き先の地名をそのまま掲げた屋号がならび、集落の出入口には魔除けの結界がぴんと張られている。大いちょうはまだ色づきはじめ、それでも朝の光にすっと背が高い。
朝からあいている店で、下足天うどん。箸で持ち上げただけで切れるやわやわの麺に、揚げたてサクサクの衣と、汁を吸ってふわふわになった衣、たこの下足がからんで——これは、美味い。腹を満たして醸造のまち天道へ。『一鳥万宝』の瑞穂菊酒造、しゃれた字で『奥佐醤油』と書かれた蔵。筑豊らしい荒っぽい車の流れをかわしながらペダルをこぐ……と、ここでパンク(゚д゚)。替えのチューブはあれどゴムに穴。変速も折りたたみもガタが来たクロちゃん、そろそろ引退かねぇ、と泣く泣く撤退を決める(´;ω;`)。
それでも帰る前に、もう一か所だけ。新飯塚で降りて、嘉麻郡と穂波郡の境を示す郡界石を横目に、麻生大浦荘へ。炭鉱で財をなした麻生家の邸宅は、重厚な和室にシャンデリアの洋間がまじる和洋折衷。庭のもみじはまだ青いけれど、縁側のガラス越しに眺める芝と木立は、しんと気持ちがいい。達筆な書に見入り、スーパーの看板まで『麻生』づくしなのに笑いつつ、地のものを買いこんで福北ゆたか線で博多へ。クロちゃん、長いことおつかれさま。
内野宿と長崎街道
内野宿は、小倉と長崎をむすぶ長崎街道の宿場町。難所・冷水峠をひかえ、大名行列やオランダ商館長の江戸参府、さらには将軍への献上の象やラクダまでもがこの街道を通ったという。宿場には本陣・脇本陣が置かれ、商家や旅籠には小倉屋・長崎屋といった街道の行き先にちなむ屋号が今も残る。集落の出入口に張られた注連縄の『結界』は、悪いものを村に入れないための昔ながらのまじない。白壁の町家と、天をつく大いちょうが、宿場の記憶を静かに守っている。
麻生のまち、大浦荘
麻生大浦荘は、筑豊の石炭で財をなした麻生家の邸宅。明治末から大正にかけて当主の住まいとして建てられ、どっしりとした数寄屋の和室に、シャンデリアのさがる洋間や曲線を描く格天井がまじりあう、和洋折衷の近代和風建築だ。手入れの行き届いた庭園は、春の新緑と秋の紅葉にあわせて年に数回、特別公開される。飯塚のまちでは病院もスーパーも『麻生』——炭鉱からはじまった一族の名が、いまも土地のあちこちに息づいている。