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マイルで巡る但馬・播磨 城下町紀行
TAJIMA × HARIMA · 2024 盛夏の登城旅

マイルで巡る但馬・播磨 城下町紀行

プロペラ機で天空の城へ。出石・竹田・姫路・赤穂、殿の二日間。

2024.8.24 ▶ 8.25

Days2日間
Dist約866km
Area兵庫(但馬・播磨)
Top最高 193m

貯めこんだマイルを握りしめ、早朝の福岡を発つ。伊丹で小さなプロペラ機に乗り継ぐと、神戸のあたりまで下がってからぐるりと旋回し、但馬の緑の底へ静かに降りていった——離島をのぞけば県内に航空路線をもつのは、北海道と兵庫くらいだという、ちょっと珍しい空の旅。

降り立った先で待っていたのは、城また城。信州の殿様が連れてきた蕎麦職人に始まる出石の皿そば、山の上に石垣だけがそびえる有子山城、雲海で名高い天空の城・竹田城、白鷺が羽をひろげたような姫路城、そして忠臣蔵の赤穂城。雷鳴と猛暑に追われながら「登城(;´Д`)ハァハァ」を繰り返した、まんぷくで濃密な二日間の記録。

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DAY 1 · 08.24

伊丹経由プロペラ機で但馬へ 出石と豊岡

旅のはじまりは福岡空港。マイルで取った便で伊丹へ飛び、検査場の内側にも店がずらりと並ぶ大空港にひとしきり感心してから、お目当てのプロペラ機へ乗り換える。はじめてのターボプロップ機は、まっすぐ北へは向かわず、いったん神戸のあたりまで下がってから大きくターン——おかげで窓の外の景色がやたらと良かった。降り立ったのはコウノトリ但馬空港。離島以外で県内に航空路線をもつのは、北海道と兵庫くらいなのだという。

まずは出石へ。鳥居をくぐって有子山の登山口から直登すると、整備はされていてもこれが恐ろしくキツい(;゚∀゚)=3。汗でずぶ濡れになりながら山上の有子山城跡に立てば、涼しい風と城下の眺め。遠くで雷が鳴りはじめ、早々に下山した。城下町におりて名物の皿そば——信州から来た殿様が蕎麦職人を連れてきたのが始まりで、屋台で運びやすいよう小皿に分けたのが起こりとか。薬味を変えながら三皿、また三皿とつるつる平らげた。

辰鼓楼を見あげ、芝居小屋の永楽館をのぞき、カラフルなお地蔵さんに丹波らしさを感じつつ、バスで豊岡へ。宿に荷をおろしたら、客がもう一人しかいないレトロな豊岡劇場でスラムダンクの総集編を観る。熱い試合がずっと続いて面白かった。夜は駅前のおでんで厚揚げに豆腐をつまんで(゚д゚)ウマー。稲光だけが光る、静かな但馬の夜だった。

移動 約604.1km / 獲得標高 8m

出石皿そば

信州・上田から出石へ国替えになった仙石氏が、蕎麦職人を連れてきたのが始まりと伝わる但馬の名物。白地に藍の小皿へ一人前五皿が基本で、屋台で運びやすいよう小分けにしたのが起こりという。薬味は葱・わさびに、とろろ、生卵。つゆに薬味を少しずつ変えながら、二皿・三皿と重ねていくのが出石流だ。小さな城下町に蕎麦屋がひしめき、「蕎麦蕎麦蕎麦…殿…蕎麦蕎麦蕎麦」と唱えたくなるほど。皿を積み上げる楽しさも、この町ならでは。

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DAY 2 · 08.25

竹田城跡から姫路城・播州赤穂へ

二日目は竹田駅から、三度目の天空の城・竹田城跡へ。前夜は和田山あたりに泊まる手もあったが、結局は豊岡から播但線で向かう。表米神社の登山道をのぼって登城すると、以前よりだいぶ小ぎれいに整備されていて、一方通行の順路までできていた。それでも、山上に累々とつらなる石垣の壮観は変わらない。日差しもなく、風が涼しい——有子山城にくらべれば山は低いが、名の通りの「天空の城」だった。

二両編成のいつも混む播但線で、寺前で乗り換えて姫路へ。駅の正面に、姫路城がドーンとそびえる。発達したアーケードを抜け、インバウンドでにぎわう城はさすがの貫禄。猛暑に雨傘を日傘がわりにさしながら、登城のかわりに眺めのいい高台へ。期待以上の眺めに、風も通って気持ちいい。昼は姫路おでんを生姜醤油で、ひねぽん(卵を産み終えた親鶏の酢漬け)という播州名物にも初めて出会った。

まだ時間があるので、播州赤穂へ寄り道。改札の上には『忠臣蔵』の揮毫が掲げられていた。赤穂城跡をめぐり、大石神社の参道には赤穂義士の石像がずらりと並ぶ——城主を差し置いて家臣たちが祀られているのは、ある意味で下克上かもしれない。塩田時代の伝統製法でつくる赤穂の塩を土産に買い、岡山から山陽新幹線で帰路へ。車中で食べた岡山名物の海老飯は、カレーともソースともつかない独特の味で(゚д゚)ウマー。城づくしの二日間が、静かに暮れていった。

移動 約262.3km / 獲得標高 125m

天空の城・竹田城

標高353mの古城山の頂に、石垣だけがそっくり残る山城。秋から冬の冷えこんだ朝には、円山川から立ちのぼる霧が城をのみこみ、まるで雲海に浮かぶ「天空の城」となることで知られる。穴太積みと呼ばれる自然石を組んだ石垣が、尾根づたいに壮大な縄張りを描く。かつては柵も順路もなく自由に歩けたが、人気が出て一方通行の順路が整えられた。この日は夏の昼で雲海こそ無かったが、吹きぬける風と石垣の眺めは格別だった。

忠臣蔵と赤穂

赤穂は、元禄の「忠臣蔵」で知られる赤穂義士の故郷。主君・浅野内匠頭の刃傷事件ののち、大石内蔵助ら四十七士が吉良邸へ討ち入り、主君の無念をはらした物語の舞台だ。赤穂城跡のそばに建つ大石神社には、討ち入りを遂げた義士たちの石像がずらりと並ぶ。兵庫県には、討ち入りの日・12月15日に蕎麦を食べる人もいるという。瀬戸内の塩田で栄えた町でもあり、赤穂の塩は江戸期以来の名産だ。