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たたらの里へ、夏の奥出雲
OKUIZUMO TATARA · 2024 なつ

たたらの里へ、夏の奥出雲

鉄を生んだ山あいから、石見・広島へ。夜行バスの四日間。

2024.8.9 ▶ 8.12

Days4日間
Dist約403km
Area島根・広島
Top最高 505m

夜行バスにゆられて、福岡から山陰へ。朝靄のなかに降り立ったのは、砂鉄と炭で鉄を生みつづけた山あいの国・奥出雲。木次(きすき)線にゆられ、刀の原料を鍛えてきた「たたら」の里をたずねる、鉄と炎の旅のはじまり。

雲南市吉田の鉄の歴史博物館でたたら製鉄のしくみを学び、日本で唯一現存する菅谷(すがや)高殿の、巨大な屋根の下に立つ。三次(みよし)では夏の夜の鵜飼いを眺め、ワニ(サメ)の刺身に舌鼓。翌日は県境を越えて飯南町へ下り、赤穴瀬戸山城の山頂に立ち、宿場町をあるき、出雲大社のしめ縄を生む里と、総理大臣を生んだ造り酒屋をたずねた。

石見の浜田城から海を見おろし、邑南町ではハンザケ(オオサンショウウオ)に会う。最後は大都会・広島でぷしゅっと一杯。山の涼しさと盆地のむわっとした暑さ、鉄のにおいと川風——山陰の奥の奥を、バスと鈍行でつないだ記録。

2
DAY 2 · 08.10

雲南市吉田でたたら製鉄の里を巡り三次へ

夜行バスが島根に着くころ、山の朝はまだ涼しい。「き♥線」こと木次線にちょっと乗って、出雲大東の町を見わたす公園で朝ごはん。そこからバスを乗り継いで、たたら製鉄の里・雲南市吉田へ。いきなりいい感じの町並みが迎えてくれた。

鉄の歴史博物館で、科学もない時代に編み出されたたたらの技に目をみはる。昼は雲南市産の卵を使ったカステーラをほおばって、歩いて菅谷たたら山内へ。日本で唯一現存する高殿の、どっしりした屋根の下に立つと、ここで鉄が生まれていたのかと鳥肌が立つ。管理人のおじいさんの止まらない解説を聞きながら、渓流沿いの涼しい道をくだった。

高速バスで県境を越えると、三次(みよし)はむわっとした盆地の暑さ。夜は馬洗川に舟を浮かべ、かがり火をたく夏の鵜飼い。暗くて鵜の姿はよく見えなかったけれど、川面にゆれる火が美しい。〆はワニ——この地方ではサメの刺身をそう呼ぶ——を、繊維にそって裂いてツルッといただいた。

移動 約97.4km / 獲得標高 13m

たたらと菅谷高殿

「たたら」は、砂鉄と木炭を粘土の炉で三日三晩燃やし、鉄を取り出す日本の伝統的な製鉄法。生み出される玉鋼(たまはがね)は、いまも日本刀の原料になる。雲南市吉田の菅谷高殿は、炉を覆う大屋根「高殿」が日本で唯一現存する遺構で、大正10年(1921年)まで操業していた。高殿の前に立つ桂(かつら)の木は、製鉄の神・金屋子神(かなやごかみ)のシンボル。村下(むらげ)ら職人が暮らす集落「山内(さんない)」はひとつの会社のようで、宮崎駿「もののけ姫」のたたら場を思わせる世界がここにある。

3
DAY 3 · 08.11

飯南・雲南の宿場と温泉を巡り浜田へ

三次から路線バスにゆられて県境を越え、島根・飯南町の赤名へ。朝のツバメがめちゃくちゃ飛んでいる。まずは銀山街道の宿場町を見おろす赤穴瀬戸山城に登城。よく整備された道をのぼれば、本丸からの眺めは最高。尼子氏の山城らしい凛とした空気に、しばしベンチで涼む。

道の駅赤来高原で朝カレーと赤来高原のりんごジュース。昔の赤名駅のなごりを横目に、コシヒカリ仕込みの酒を手に入れ、巨木に囲まれた赤穴八幡宮に手をあわせる。バスを乗りついで頓原(とんばら)へ。泡の出ない炭酸泉「ラムネ銀泉」にちゃぷん。この飯南町が、出雲大社のあの巨大なしめ縄を生む里だと知る。

掛合(かけや)の坂道の町並みに、地図で見つけた造り酒屋——なんと竹下登の実家だった。賞を取った一本をいただいて、木次から特急に乗りかえる。石見はいつも宿がちょうどよく取れず、今日も浜田までワープ。夕日の見える部屋に、ほっと荷をほどいた。

移動 約179.2km / 獲得標高 380m

飯南町としめ縄

出雲大社の神楽殿にかかる、長さ13m・重さ5tにもなる巨大なしめ縄。あれを作っているのが、ここ島根県飯南町だ。町では稲わらを綯(な)う技が受け継がれ、「大しめなわ創作館」でその製作を間近に見られる。頓原のあたりでは、家にも店にも輪っか状のしめ縄を一年じゅう飾る風習が残るという。神話の国・出雲を足もとで支える、わらと手仕事の里である。

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DAY 4 · 08.12

浜田城と邑南町のハンザケ、広島で旅の〆

最終日は石見・浜田から。思ったより石垣の立派な浜田城にのぼると、本丸から青い海が見わたせた。浜田は長州(長門)の抑え役だった城下町。駅までずっと細長く続く商店街をぶらついて、高速バスと路線バスを乗り継ぎ、山の奥の邑南町(おおなんちょう)へ。

道の駅瑞穂のカツカレーは、地元の味噌と豚肉を使ったまろやかで個性的な一皿。そして今日いちばんのお目当て、ハンザケ自然館へ。ハンザケ——オオサンショウウオの、3歳の子から34歳の親まで、世代ちがいがずらり。愛にあふれたスタッフの解説を聞きながら、のっそり動く姿にすっかりやられた。

瑞穂インターから高速バスで、また広島へ。ビルの谷間を路面電車がひっきりなしに走る大都会ぶりに、ちょっとちびる。旅の〆はぷしゅっと一杯、広島のコウネ、そして中華そば。山陰の奥の奥をバスと鈍行でつないだ四日間、こだまに揺られて福岡へ帰った。

移動 約125.6km / 獲得標高 35m

ハンザケ(オオサンショウウオ)

「ハンザケ」は、中国地方で親しまれるオオサンショウウオの呼び名。体を半分に裂かれても生きるという言い伝えから「半裂」と呼ばれた、ともいわれる。国の特別天然記念物で、寿命は長く、数十年を生きる。邑南町の瑞穂ハンザケ自然館は屋内繁殖に成功した施設で、生まれた年のちがう個体を間近に見られる。井伏鱒二の小説「山椒魚」で知られる、ぬうっとした愛嬌の持ち主だ。