猛暑のサイクリングと豊前・畑冷泉サウナ、中津・宇佐へ
スタートは築上・犀川。コロナ以来ひさびさのサイクリングだと意気ごんだものの、灼熱の日本はそんなに甘くない。登坂で一瞬にして力が入らなくなり、立ちくらみでフラフラに。風があって雲の下なら平地はまだしのげるが、直射日光に出たら死ぬ——女鹿谷の清水庵の木陰でクールダウンして、おとなしく一駅だけ電車に乗ることにした。
めざすは豊前松江、夏限定のサウナ。畑冷泉館のミストサウナと、きんと冷えた湧水の水風呂を四セット。狭い浴場のあとの広い休憩室で、手足をピリピリさせながらとろける。昼はかつカレーと、冷泉で冷やしたかき氷ソーダ。駅に戻り、気分は「渡米してUSAに泊まる」——日豊線で中津の薦神社に寄り、宇佐へ渡った。
工事中の宇佐神宮に、二度目の参拝(逆にラッキー)。日が暮れたら、USA名物のからあげへ。やわらかくジューシーで旨味がすごい——唐揚げ屋がひしめく本場の一軒は、やっぱり格が違う。長岡花火の中継を見ながら、病み上がりの一日をそっと閉じた。
畑冷泉と夏サウナ
豊前市の畑地区に湧く「畑冷泉」は、年間を通して十数度という冷たさの名水。夏のあいだだけ畑冷泉館が開き、ミストサウナと湧水そのままの水風呂で「整う」ことができる、一年のうち一月半ほどしか味わえない季節限定のスポットだ。熱したからだを天然の冷泉で一気に冷やす温冷交代浴は、昔ながらの避暑の知恵でもある。狭い浴場のあとに広い休憩室でぼうっとする時間が、猛暑の旅にはこのうえなく効く。
宇佐の戦争遺跡めぐりと福岡へ帰宅
夜中にトイレで躓いて肋骨を打ち、満身創痍のあさ。雲と霞で日ざしが弱いぶん、昨日よりはマシ……と言い聞かせて、宇佐の戦争遺跡めぐりへ。いまは一面の田畑だが、この一帯はまるごと旧宇佐海軍航空隊の飛行場だった。青い稲のなかに、かまぼこ形の掩体壕がぽつんぽつんと残っている。
城井一号掩体壕には、往時をしのぶプロペラと説明板。草に覆われたもの、黒ずんだコンクリートがむき出しのもの——滑走路跡、落下傘整備所、発動機試運転場と、住宅や田んぼにまぎれて戦の記憶が点々と息づく。「総督」という銘柄を醸していた津島屋本家の酒蔵跡、空襲をくぐり抜けて焼け残ったお寺の鐘楼門。宇佐空の郷のおばちゃんたちに涼ませてもらい、おやつまで分けてもらった。
からあげの原材料すら暑さで見かけないまま、肋骨の痛みもあって柳ヶ浦から特急で早めの帰路へ。昼を食べそびれたので、せめてもと駅弁を買いこんで福岡へ。暑さにさんざんやられた二日間、それでも水と祈りと歴史を、たしかにひとつずつ味わった。
掩体壕と宇佐海軍航空隊
宇佐には、旧日本海軍の宇佐海軍航空隊が置かれ、太平洋戦争末期には特攻の出撃基地にもなった。掩体壕(えんたいごう)は、空襲から航空機を守るために築かれたコンクリート製の格納庫で、かまぼこ形のドームが特徴。城井一号掩体壕をはじめ、滑走路跡・落下傘整備所・発動機試運転場など、いまも住宅地や田畑のなかに遺構が点在している。終戦直後は零戦や桜花も多く残っていたが、その多くは処分された。住宅街のただ中に戦の記憶がこれほど残るのは、全国でもめずらしい。