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渡米してUSAへ、冷泉サウナと掩体壕
BUZEN · NAKATSU · USA(宇佐) · 2024 盛夏

渡米してUSAへ、冷泉サウナと掩体壕

猛暑に負けて電車旅。夏限定の冷泉で整い、戦跡をめぐる。

2024.8.3 ▶ 8.4

Days2日間
Dist約82km
Area福岡・大分
Top最高 157m

二〇二四年、記録ずくめの猛暑の八月。折りたたみ自転車「クロちゃん」をかついで築上から走りだしたものの、カンカン照りの登坂でたちまちバテて立ちくらみ——これは無理と早々に白旗をあげ、クーラーの効いた電車にすべりこんだ。

行き先は豊前。夏の一時期だけ開く畑冷泉で、ミストサウナと冷たい湧水の水風呂を四セット、手足をピリピリさせながら整う。日豊線に揺られて中津の薦神社、そして宇佐——気分はもう「渡米してUSAに一泊」。宇佐神宮に手をあわせ、本場のからあげをほおばる。翌日は、かつて航空基地だった町に点々と残る掩体壕や滑走路跡をめぐった。暑さと、水と、祈りの二日間。

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DAY 1 · 08.03

猛暑のサイクリングと豊前・畑冷泉サウナ、中津・宇佐へ

スタートは築上・犀川。コロナ以来ひさびさのサイクリングだと意気ごんだものの、灼熱の日本はそんなに甘くない。登坂で一瞬にして力が入らなくなり、立ちくらみでフラフラに。風があって雲の下なら平地はまだしのげるが、直射日光に出たら死ぬ——女鹿谷の清水庵の木陰でクールダウンして、おとなしく一駅だけ電車に乗ることにした。

めざすは豊前松江、夏限定のサウナ。畑冷泉館のミストサウナと、きんと冷えた湧水の水風呂を四セット。狭い浴場のあとの広い休憩室で、手足をピリピリさせながらとろける。昼はかつカレーと、冷泉で冷やしたかき氷ソーダ。駅に戻り、気分は「渡米してUSAに泊まる」——日豊線で中津の薦神社に寄り、宇佐へ渡った。

工事中の宇佐神宮に、二度目の参拝(逆にラッキー)。日が暮れたら、USA名物のからあげへ。やわらかくジューシーで旨味がすごい——唐揚げ屋がひしめく本場の一軒は、やっぱり格が違う。長岡花火の中継を見ながら、病み上がりの一日をそっと閉じた。

移動 約69.8km

畑冷泉と夏サウナ

豊前市の畑地区に湧く「畑冷泉」は、年間を通して十数度という冷たさの名水。夏のあいだだけ畑冷泉館が開き、ミストサウナと湧水そのままの水風呂で「整う」ことができる、一年のうち一月半ほどしか味わえない季節限定のスポットだ。熱したからだを天然の冷泉で一気に冷やす温冷交代浴は、昔ながらの避暑の知恵でもある。狭い浴場のあとに広い休憩室でぼうっとする時間が、猛暑の旅にはこのうえなく効く。

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DAY 2 · 08.04

宇佐の戦争遺跡めぐりと福岡へ帰宅

夜中にトイレで躓いて肋骨を打ち、満身創痍のあさ。雲と霞で日ざしが弱いぶん、昨日よりはマシ……と言い聞かせて、宇佐の戦争遺跡めぐりへ。いまは一面の田畑だが、この一帯はまるごと旧宇佐海軍航空隊の飛行場だった。青い稲のなかに、かまぼこ形の掩体壕がぽつんぽつんと残っている。

城井一号掩体壕には、往時をしのぶプロペラと説明板。草に覆われたもの、黒ずんだコンクリートがむき出しのもの——滑走路跡、落下傘整備所、発動機試運転場と、住宅や田んぼにまぎれて戦の記憶が点々と息づく。「総督」という銘柄を醸していた津島屋本家の酒蔵跡、空襲をくぐり抜けて焼け残ったお寺の鐘楼門。宇佐空の郷のおばちゃんたちに涼ませてもらい、おやつまで分けてもらった。

からあげの原材料すら暑さで見かけないまま、肋骨の痛みもあって柳ヶ浦から特急で早めの帰路へ。昼を食べそびれたので、せめてもと駅弁を買いこんで福岡へ。暑さにさんざんやられた二日間、それでも水と祈りと歴史を、たしかにひとつずつ味わった。

移動 約11.8km / 獲得標高 4m

掩体壕と宇佐海軍航空隊

宇佐には、旧日本海軍の宇佐海軍航空隊が置かれ、太平洋戦争末期には特攻の出撃基地にもなった。掩体壕(えんたいごう)は、空襲から航空機を守るために築かれたコンクリート製の格納庫で、かまぼこ形のドームが特徴。城井一号掩体壕をはじめ、滑走路跡・落下傘整備所・発動機試運転場など、いまも住宅地や田畑のなかに遺構が点在している。終戦直後は零戦や桜花も多く残っていたが、その多くは処分された。住宅街のただ中に戦の記憶がこれほど残るのは、全国でもめずらしい。