福岡からバスで人吉、百名城と温泉を経てえびの・小林へ
旅のはじまりは、まだ空気のぬるい早朝の福岡。始発に近いバスに乗りこんで、山を越えて球磨盆地の人吉へ。四年前の豪雨で球磨川が氾濫し、くま川鉄道も肥薩線もいまだ本復旧の途中——それでも駅には、あの日を越えて人の営みが戻りつつある。まちなかに出るのは十年ぶり。おだやかな川面に川下りの舟が浮かび、そこらじゅうの蔵からは球磨焼酎の匂いがただよってくる。
まずは日本百名城の人吉城跡へ。石垣の上にせり出す「武者返し」に目を見張り、二の丸からの眺めで風に吹かれる。坂をおりれば国宝・青井阿蘇神社、茅葺きの楼門がどっしりと構え、池にはもう蓮の花。奮発してうなぎでも、と思ったら名店の前は炎天下の大行列で、あっさり断念。焼き飯とモツ煮に麦ジュースをつけて、半額以下のお得なお昼にグビグビ満足する。締めは堤温泉で殿の行水、ぬる湯もあってよか湯ね。
バスでえびのへ渡れば、空気はぐっと鹿児島めいてくる。立派な駅舎におどろきつつ向かうのは、焼酎を奉納すると願いをひとつ叶えてくれるという金松法然。自販機で参拝セットを買い、米と塩と焼酎をそなえる珍しいお参り。日が暮れて小林の宿に着いたら、部屋の掃除が終わらずチェックインできないという伝説の洗礼(ヽ´ω`)。それでもごぼう天うどんと明月焼酎で、一日はしっかり締めくくった。
球磨焼酎と、水害からの復興
人吉・球磨地方でつくられる米焼酎は「球磨焼酎」。スコッチやボルドーと同じく、産地が地理的表示(GI)に指定されたブランドで、球磨盆地のあちこちに蔵が点在し、スーパーの棚にも何十種類もの地元焼酎がずらりと並ぶ。一方でこの町は、二〇二〇年七月の豪雨で球磨川が氾濫し、大きな被害を受けた。鉄道も温泉もやられ、まちかどには浸水の深さを示す標識がいまも残る。くま川鉄道は翌年の全線復旧へ、肥薩線も人吉までの復旧が決まり、町は一歩ずつ、にぎわいを取りもどそうとしている。
宮崎市の朝市から飫肥・油津、観光列車で宮崎を巡り帰宅
七夕の朝、小林からバスで人口四十万の大都会・宮崎市へ。楠並木朝市は県内各地から店が出てにぎわい、まずは昨日のリベンジにうなぎの朝ごはん。タレ控えめで身に弾力があって、本場はやっぱり活きがいい。レトロな県庁舎を横目に、灼熱のなか駅へ急ぐ。
日南線の一両編成はぎゅうぎゅう、冷房も効かぬ車両に揺られて飫肥へ。整然とした城下町は九州の小京都、日本百名城・飫肥城の本丸は飫肥杉の木立で、木陰に入れば風が通ってめちゃ涼しい。名物のおび天はふわふわのさつま揚げ、厚焼き卵は卵焼きというより堅焼きプリン。城下の堀割をのぞけば、清らかな水に錦鯉が泳いでいた。
観光列車・海幸山幸で宮崎へ。飫肥杉をまとった車体に、木づくしのあたたかな車内——九州はこういうオシャンな列車が多い。車窓には鬼の洗濯板。アミュプラザの屋上まで階段を登らされて、まちを一望。昼飲みで宮崎地鶏の炭火焼きに茶豆、〆の冷や汁は灼熱の体にしみる。最後は「日本一好き」という豊吉うどんをすすって、B&Sと新幹線で深夜の帰路についた。
飫肥城と飫肥杉
飫肥は、江戸時代をとおして伊東氏が治めた飫肥藩五万一千石の城下町。碁盤目状の道と武家屋敷が残る町並みは「九州の小京都」と呼ばれ、飫肥城は日本百名城のひとつに数えられる。この地の名産が飫肥杉——油分が多く水に強いことから、かつては船の材(弁甲材)として重宝され、飫肥藩の財政をささえた。本丸跡をおおう杉木立は、真夏でもひんやりと風がぬける別世界。日南線の観光列車「海幸山幸」の木づくりの車体にも、この飫肥杉が使われている。