空路で奄美大島入り 住用マングローブから古仁屋へ
朝いちの福岡空港からJALで奄美へ。視界不良で引き返すかも、との前触れはどこへやら、窓の下に島影が見えてくる。空港からバスで島の中心・名瀬へ出れば、朝ごはんはさっそく島の味――ご飯にスパムを二枚はさみ、海苔のかわりに薄焼き卵でくるんだ、奄美のおにぎりだ。沖縄のものとはまた少し違う、島ごとの顔がおもしろい。
名瀬から長大トンネルの連なる道を南へ。三太郎峠を越えて住用へ降りると、空気がいよいよ南国になる。世界自然遺産の森にひそむモダマ自生地では、縮れ毛みたいな、チュロスみたいな巨大なつるにびっくり。東城の内海にはちょこんとマングローブ、展望台からはその森をひとのぞみ。さらにバスを乗り継いで、R58号線の終点――果ての港町・古仁屋へ。マグロの像にお出迎えされ、向かいには加計呂麻島。今夜の皿にはマグロが待つ。瀬戸は日暮れて、夕波小波。
世界自然遺産の島
奄美大島は2021年、沖縄島北部・西表島・徳之島とともに「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」としてユネスコ世界自然遺産に登録された。アマミノクロウサギをはじめ、この島にしかいない固有の生きものが数多く暮らす、生物多様性のゆりかごだ。住用のマングローブは国内で二番目の規模をほこり、汽水域には干潟と森が広がる。モダマは熱帯・亜熱帯のつる植物で、巨大なさやに大きな豆を実らせる――この日はまだ花も実もなく、縄のようなつるだけが森にのびていた。
奄美北部 笠利半島の海岸とソテツ群生地を巡り帰福
夜どおし降った雨は、朝にはあがっていた。古仁屋から名瀬へもどり、バスを島の北――笠利半島へ走らせる。山の低い北側は、どこかおだやかな天気。安木屋場では、山の斜面いちめんをソテツが埋めつくす不思議な景色に出くわす。集落には小さなカトリック教会が建ち、潮の引いた海はどこまでも澄んで、イカ釣りのおっちゃんが「あそこにミズイカがおるよ」と教えてくれた。
島の北は、歴史の島でもある。西郷隆盛が流され、数年を過ごしたという謫居の跡。干潟に石垣で囲いを築き、引き潮に取り残された魚をとる――平家が伝えたという漁跡。薩摩とのつながりが深く、小ぎれいな麓の町並みがのこる赤木名。名物の鶏飯は惜しくも店じまいで食べられなかったけれど、あやまる岬の大パノラマと、土盛海岸のぞくりとするほど青い海が、空腹を忘れさせてくれる。ざわわ、ざわわとサトウキビ畑が鳴る島に別れを告げ、夕刻の便で福岡へ帰った。
西郷どんと奄美
安政の大獄で追われた西郷隆盛は、1859年から三年ほどを奄美大島の龍郷で過ごした。島妻・愛加那とのあいだに子をもうけ、潜居しながら島の暮らしにふれたこの流謫の日々が、のちの西郷の人となりを深くしたとも言われる。龍郷のほか、沖永良部島や徳之島にも西郷ゆかりの地がのこる。島に点在する小さなカトリック教会や、平家の落人伝説――奄美は、黒潮が運んだ人と歴史が幾重にも折り重なる島だ。