博多港からクイーンビートルで釜山へ、海雲台
旅のはじまりは博多港国際ターミナル。出国審査を抜けて乗りこむのは、特急ひのとりを思わせる真っ赤な高速船クイーンビートル。自転車ごと乗りこむ人もいる国際航路の船内で、祖国に乾杯して出港を待つ。
海の中道、志賀島、小呂島を見送り、対馬を防波堤に凪いだ日本海をすべっていく。電波はぎりぎり届き、青い海にビビっているうちに、三時間半で釜山港入港。釜山港大橋をくぐって接岸すれば、ユーラシア大陸デビューだ。
まずは釜山駅のカレーで腹ごしらえ——なぜか胡麻のかかった一杯で、ここまでの無事を祝う。地下鉄と東海電鉄線を乗り継いで海雲台へ。砂浜のすぐうしろに高層ビルが林立する景色に目をみはり、日が暮れてからは坂道の展望台と壁画村へ。階段だらけの街にひろがる夜景は、長崎よりも立体的かもしれない。
クイーンビートル
博多と釜山を約3時間半でむすぶ、JR九州高速船の大型旅客船。オーストラリア建造の三胴船(トリマラン)で、真っ赤な船体が目をひく。波の影響を受けにくい設計で、対馬が防波堤になる海域では海面をすべるように進む。自転車をそのまま持ちこめるのも船旅ならでは。パスポートさえあれば週末でもふらりと海を渡れる——福岡だからこその距離感だ。
釜山から蔚山へ、西生浦倭城と蔚山倭城
二日目は、海辺をさらに北の蔚山へ。まずは釜山の繁華街・西面で、24時間営業の松亭3代クッパへ。豚バラたっぷりのテジクッパに麺とニラをぶちこんでキタ━━!! ピリ辛だけど後をひかない、やさしい朝ごはんだ。
東海線で田舎めいた海辺の町・西生へ。目当ては加藤清正が築いた西生浦倭城。文禄・慶長の役の城がそのまま残り、石垣も天守台も堂々たるもの。侵略者の城を史跡として手入れし伝える懐の深さに、少し胸を打たれる。散り際の八重桜と、天守台を抜ける風が気持ちいい。近くの鎮下海水浴場ではトンボロの道が小島へのびて、ウィンドサーフィンのイベントで賑わっていた。
バスをつかまえて蔚山の中心へ。太和江にのぞむ太和楼は土足厳禁でタダで入れ、川風がびゅうびゅう吹き抜けて最高に気持ちいい。鯨の町らしい壁画、街路樹のヒトツバタゴの甘い香り、賑わうアーケード。蔚山倭城(鶴城公園)にも立ち寄り、ゴツいSRTで一瞬のうちに釜山へ。締めは釜山駅のビビンバを、銀のスプーンでまぜまぜしていただいた。
倭城(わじょう)
文禄・慶長の役(1592〜98年)のさなか、朝鮮半島南岸に日本の武将たちが築いた日本式の城。西生浦倭城は加藤清正が手がけたとされ、総石垣の本丸や登り石垣など、当時の縄張りがよく残る。侵略の負の遺産でありながら、韓国では史跡として整備・保存され、日本語の解説板も立つ。石垣に腰かけてスケッチをしたり昼寝をする地元の人の姿に、歴史とのおだやかな距離感がにじんでいた。
雨の釜山市内と温泉、夜の関釜フェリーで帰国へ
最終日は朝から雨。キムチでごはんを流しこみ、傘をコンビニで手に入れて街へ出る。釜山定番のチャガルチ市場は、天気のせいか観光客の姿もまばら。南浦洞の長い地下街をたどり、昭和の香りのするシャッター街を抜けていく。
雨やどりもかねて、温泉場駅の허심청(ホシムチョン)へ。ドーム天井の大浴場と、館内着で寝ころぶチムジルバン。70℃・50℃・10℃のドームを行き来する交互浴に、床暖房へ背中が吸いつく心地よさ——旅の疲れがじんわりほどけていく。
ふたたび釜田・草梁の市場をひやかして、いよいよ帰国。釜山港国際旅客ターミナルから乗りこむのは、関釜フェリー「星希」。日が暮れてライトアップされた釜山港大橋を見おさめに、21時、船はしずかに港をはなれた。また来るニダ、と胸のうちでつぶやきながら。
関釜フェリー
下関と釜山を夜行でむすぶ、日本海をわたる国際フェリー。日本側では「関釜」、韓国側では「釜関(プカン)」フェリーと呼ばれ、日韓それぞれの船が一隻ずつ就航する。帰路に乗ったのは韓国船籍の「星希」。21時ごろ釜山を出て、翌朝には関門海峡をくぐって下関に着く——寝ているあいだに国境をこえる、のんびりとした船旅だ。高速で海面をすべる往路のクイーンビートルとは対照的な、ゆったりした時間が流れる。
関釜フェリーで下関上陸、帰宅
船の朝。目がさめると、もう蓋井島のあたり。関門海峡に入れば、霧のむこうに小さな巌流島——武蔵と小次郎の決闘の島だ。やがて下関港に接岸して、ユーラシアからの帰還。肉を持っていないか税関の犬に嗅がれ、無事に日本の土を踏んだ。
小倉行きに乗りそこねて、新下関から新幹線で家路につく。パスポートを忘れかけ、出入国もエクストリームなスケジュールだったけれど、大きなトラブルもなく世界デビュー達成。海でつながった四日間、また逢う日まで。