九州新幹線で川内へ 吹上浜を南下し加世田泊
旅のはじまりは九州新幹線。三連休なのにガラガラの車内で川内まで運ばれ、駅を出たらいよいよ自転車の出番だ。天気はいまいちだけれど、ここから吹上浜に沿ってひたすら南を目指す。朝ごはんは江口蓬莱館のつけあげと、あんこをパンで包んでさらにあんこ……というむちむちの一品。本場のさつま揚げの甘みで、もう旅の気分が満ちてくる。
浜辺にぽつりと建つウイスキーの蒸留所で限定ボトルを手に入れ、廃線になった南薩線の駅跡をたどる。南国ではもう桜が咲きはじめ、あぜ道には薩摩名物の田の神さぁ。昼は道の駅きんぽう木花館の地粉の田舎そば——太くてすぐ切れる、コシも喉越しもない麺だけれど、出汁がめっぽううまい。菜の花の向こうには、薩摩半島のどこからも見える金峰山。
遠浅の吹上浜は風速11mの強風で、ウインドサーフィンの帆がいくつも飛んでいた。砂に飛ばされそうになりながら、今夜の宿のある加世田へ。南薩一の大都会という加世田のホテルのロビーには、なぜか凶暴なオカメインコ。夜は焼鳥酒場で串をあれこれ、黒豚にキンカン(鶏の未産卵黄)——鹿児島といえば、やっぱり鶏だ。
田の神さぁ(たのかんさぁ)
薩摩・大隅に独特の、田んぼのあぜや畦道にまつられる農業の守り神。江戸中期、薩摩藩で豊作を願って建てられはじめたとされ、僧の姿のもの、神官の姿のもの、しゃもじやすりこぎを手にしたものなど、表情も姿もじつにさまざま。田を見守るように立ち、春の田起こしから秋の収穫まで、人と米の暮らしをそばで見つめてきた。愛嬌のある顔つきに、思わず足を止めてしまう。
本土最果て野間岬から坊津を経て枕崎へ
まだ薄暗いうちに加世田を出発。朝ごはんは、昭和生まれのロングセラー洋菓子「シンコム3号」。世界初の静止衛星にちなんだ名前のブッセで、ひやしたバニラクリームがどこか懐かしい。木花咲耶姫をまつる竹屋神社では、やけに攻撃力の高そうな狛虎(こまとら)が出迎えてくれた。朝焼けの海を横目に、クジラの博物館をのぞきながら、半島の先端へと向かう。
最果て感が増してくる。大当(おおとう)は石垣で築かれた斜面の集落で、谷山には昔の人が手作業で積んだ段々畑が残る。そして本土のいちばん先っちょ・野間池へ到達——野間岬の灯台はさらにその先、眺望もないのに雨まで強くなってきて、たどり着いたら即撤収。それでもゆくのさ、そこに先っちょがある限り。一軒だけの店でいただくさしみ定食の、でっかい煮付けがうれしい。
追い風のバフが切れ、雨のアップダウンに足が坊津(ぼうつ)……と駄洒落も出るほど疲れた道のりを越えて、大陸交易で栄えた古い湊町・坊津へ。耳取峠では、霞んで開聞岳も見えず、風に耳まで取られた。たどり着いた枕崎では、カツオをまるごと。内臓煮、ハランボ(腹身)の天ぷら、ビンタ(頭)の味噌煮、ぶえん鰹の刺身……カッツォづくしで、疲れた体が生き返る。
本土最果て・野間岬
薩摩半島の西にのびる野間半島の先端。九州本土の最西端にあたり、「本土最果て」の地として知られる。先端の薩摩野間岬灯台までは、人里を離れた暗い山道をさらに分け入らねばならず、たどり着いても展望はほとんどない。それでも、ただ「先っちょ」に立ちたいという一心でペダルをこぐ——岬めぐりは、そういう旅人の業(ごう)のようなものだ。手前の野間池は小さな漁港で、半島でただ一軒の食事処が旅人の腹を満たしてくれる。
開聞・指宿を巡り九州新幹線で帰宅
枕崎を始発の一両に自転車ごと積みこんで出発。車窓の先に、朝日を浴びた開聞岳があらわれた。きれいな円すいの薩摩富士が、ライジングサンに燃える。山川で降りて、まずは釜蓋(かまふた)神社へ。頭に蓋をのせ、落とさず鳥居まで歩ければご利益がある……という難関に挑み、小さい蓋でなんとかクリア。人生、高望みはよくない。
溶岩が海に流れこんで天然のプールになった番所鼻(ばんどころばな)公園、龍のかまどと呼ばれるオーバーハングの岩。タツノオトシゴの養殖場では、ゆらゆら泳いだり巻きついたりする姿がたまらなくかわいい。昼は鹿児島ラーメンで腹ごしらえして、開聞岳をぐるりと一周。裏側は畑と民家もない一本道が続いて、最後にいきなりジブリ感のある風景が出てくるのが面白い。
長崎鼻の灯台から海の先に大隅半島を望み、温泉から塩を採っていた山川の塩田跡をたずねる。鰹節づくりで知られる山川の港を抜け、東郷温泉で冷えた体をあたためたら、ゴール! 窓口はとっくに閉まっていて博多までの切符が買えないオチつき。錦江湾の夕景を横目に、鹿児島ハイボールで打ち上げ、ガラガラの九州新幹線で福岡への帰路についた。向かい風も坂も雨も、ぜんぶ込みの三日間、おつかれさま。
開聞岳と釜蓋神社
指宿の南にそびえる開聞岳(924m)は、海からすっと立ちあがる円すい形の火山で、その美しい姿から「薩摩富士」と呼ばれる。ふもとの釜蓋神社(射楯兵主神社)は、頭に鍋蓋(なべぶた)をのせ、落とさずに本殿から鳥居まで歩ければ願いがかなうという、ユニークな参拝で人気の社。勝負事・開運の神として知られ、スポーツ選手の参拝も多い。開聞岳を背にした海辺に建ち、薩摩半島のへりをめぐる旅の、よき道しるべになる。