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鬼は外、福は博多
HAKATA SETSUBUN · 2024.2.3

鬼は外、福は博多

豆まきの朝から、お多福のおくちをくぐって。

2024.2.3

Days1日間
Dist約34km
Area福岡市
Top最高 105m

二月のはじめ、立春をまえにした節分の一日。姪浜からバスにゆられ、橋本で地下鉄にのりかえて、鬼と福をさがしに博多へ出かけた。

旧三瀬街道の宿場町・金武宿をぬけ、飯盛神社の節分大祭へ。鳥居には赤鬼・青鬼の大面がにらみをきかせ、にこやかなお多福が大きな口をあけて参拝客を「ぱくり」と呑みこむ——その口をくぐれば福が舞いこむという。櫛田さんでは十五分おきの豆まきで、頭上から福豆がばらばらと降ってきた。

川端ぜんざいで甘くひと息ついたあとは、東公園で元寇ゆかりの巨像を見あげ、しめは雑餉隈へ。キャベツが主役のびっくり亭の焼肉を頬ばって、福をおなかいっぱいに持ち帰った、博多の節分めぐり。

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DAY 1 · 02.03

姪浜から博多へ 鬼と福と豆まきの一日

姪浜のバス停でしばらく待ちぼうけ。マップでは出発済みなのにバスが来ない……首をかしげつつ、橋本で地下鉄にのりかえて旧三瀬街道ぞいの金武宿へ。瓦屋根の低い町並みに、宿場だったころの気配がまだ残っている。やがて飯盛神社に到着(ついた〜👹)。節分大祭の境内では、鳥居にかかった赤鬼・青鬼の大面がぎょろりとにらみをきかせ、にこやかなお多福が大きな口をあけて参拝客を「ぱくり」と呑みこんでいく。豆まきの待機列にまざって福豆のシャワーを待ったけれど、後ろのほうまでは豆も届かず、あっさり終了。焼きたての梅ヶ枝餅がとろとろでうんまー、と口をなおして次の福へ。

午後はいま再びの櫛田さんへ。雨のそぼ降る参道の先に、ここにも日本一のお多福が大口をあけて待っていた。豆まきは十五分おき、いっぱい投げてくれるのはうれしいけれど、頭上から福豆がばらばら降ってくるのはなかなかの迫力だ。川端ぜんざいで甘々の餅をすすってひと息。福岡県庁を横目に東公園へまわると、元寇のころにゆかりの亀山上皇と日蓮上人の巨像が、どんと曇り空を見あげて立っていた。夕方は雑餉隈へ流れ、名物びっくり亭の焼肉を。『焼肉』と名のってもキャベツが本体——辛味噌とニンニクをからめて、こりゃうまいに決まっている。活気のある銀天町商店街をひやかし、新天町の北東北アンテナショップで福(と東北みやげ)を抱えて帰路についた。

移動 約34.2km / 獲得標高 120m

鬼は外、福は内

節分は立春の前日、季節の変わり目に邪気(鬼)を追いはらう行事。炒った大豆を「鬼は外、福は内」とまいて、年の数だけ豆を食べて無病息災を願う。福岡の櫛田神社では十五分おきに豆まきがくり返され、福豆が頭上から降りそそぐ。博多には、笑顔のお多福が大きく口をあけた面をくぐると福が授かるという習わしもあり、福の多い(お多福)顔は、鬼の荒ぶる気を笑いでやわらげる福の象徴とされる。恵方巻きはもともと関西の風習で、九州では豆まきの節分行事のほうが盛んなのだとか。

東公園と元寇

博多湾は、鎌倉時代に二度の蒙古襲来(元寇/文永・弘安の役)の舞台となった地。東公園の亀山上皇像は、「敵国降伏」を伊勢神宮に祈願したと伝わる亀山上皇をしのぶ巨大な銅像で、台座にもその四文字が刻まれている。かたわらに立つ日蓮上人像は、外敵の来襲を予言して鎌倉幕府に『立正安国論』を説いた日蓮をまつり、台座のレリーフには当時の情景が描かれる。博多のまちが古くから大陸と向きあい、国難をくぐり抜けてきた記憶を伝える公園だ。