天領から奇岩の渓へ、山国川をさかのぼる
西国は夜明けが遅い。博多のホームから西へ向かい、ようやく空が白む頃に天領・日田へ降り立った。駅前でいきなり出迎えてくれたのは、この町が生んだ漫画家ゆかりの作中キャラクターの像。聖地に来たのだと、ひとり静かに盛り上がる。川の方へ流して、白壁の豆田町へ。竹灯りの支度が進む通りには老舗の酒蔵が軒を連ね、月隈の丘にのぼれば大都会・日田の町並みが一望できた。町なかを流れる水は澄んでいて、さすが名水の町だと見入ってしまう。
さあ、ここからが「クロちゃん」の出番だ。山国川をさかのぼると、川下りのはずがなぜか山の上へ登らされる。苔むした石畳の峠をえっちらおっちら越え、カカシだらけの山国の里で唐揚げ定食にありつく。銀杏のイエロー絨毯に見とれながら、ヤバそうな岩山がいちいち名前を持つ耶馬渓へ。古い石造アーチ橋を渡り、クライマックスは青の洞門——昔、一人の僧が村人のために、鑿ひとつで岩壁を掘り抜いたトンネルだ。対岸から仰ぐ奇岩のヤバ景に、しばし足が止まった。日が暮れる前にもうひとっ走り、山国川沿いを中津へ。
青の洞門と禅海和尚
耶馬渓・山国川沿いの断崖を貫く手掘りのトンネル。難所の岩壁で命を落とす人が絶えないのを見かねた禅海和尚が、村人の安全を願って鑿と槌だけで岩を掘り抜いたと伝わる。完成まで三十年ともいわれ、菊池寛の小説『恩讐の彼方に』の題材にもなった。いまは拡幅されて車道と遊歩道が通り、観光地として多くの人が訪れるが、岩肌にはいまも当時の鑿の跡が残るという。
日田は天領の町
日田は江戸時代、幕府が直接おさめる「天領」として九州の政治・経済の要衝だった。豆田町には当時の商家や蔵が白壁の町並みとして残り、重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。酒造りも盛んで、仕込み水には名水・日田天領水が使われる。近年は人気漫画の作者の出身地としても知られ、駅前には物語ゆかりの銅像が立つ。
豊前路をぐるり、中津城とからあげで締める
朝ごはんは、まさかの洋風プレートからスタート。天気はいまひとつなので、遠出はやめて福岡県の豊前方面へクロちゃんを走らせる。中津都市圏に溶け込んだ上毛町には県境のカントリーサインもなく、溜池のまんなかには廃線・宇島鉄道の築堤跡がぽつり。田園に広がる古代の役所跡・大ノ瀬官衙遺跡や、大鳥居がそびえる大富神社を抜け、豊前の道の駅でハモカツ丼にかぶりつく。肉厚でプリプリ、海の幸も山の幸もそろう豊前は、やっぱり強い。
観光魚市場の水槽にはカブトガニがいてワロた。三毛門(みけかど)はずっと「さんげもん」だと思っていた駅名で、名物はカボチャ。晴れ間がのぞいてきたので大分へ引き返し、中津城をのぞく。百名城じゃないのか、とちょっとしょんぼり。人のまばらな商店街と醤油蔵を抜けたら、いよいよ本命——揚げたての中津からあげだ。胡椒も付くけれど、カウンターの塩をさっと振るのが断然うまい。耶馬美人の米焼酎と麦焼酎を飲みくらべ、忘れられていた〆の鱧天が最後に届く頃には、すっかりいい心地。音速(ソニック)に乗って、福岡の自宅へ帰った。
中津からあげ
中津は「からあげの聖地」を名乗る、専門店がひしめく町。醤油やニンニクをきかせた下味の鶏肉を、注文を受けてから揚げる店が多く、持ち帰り文化が根づく。胡椒を添える店もあるが、カウンターの塩をさっと振るのが通の食べ方だとか。地酒との相性も抜群で、中津の蔵が醸す「耶馬美人」には米焼酎と麦焼酎があり、飲みくらべれば米のまろやかさが引き立つ。