筑肥線で唐津へ、唐津くんちの宵曳山
仕事を終えてから筑肥線へ。ゲロ混みの電車が今宿、周船寺と停まるたびに少しずつ軽くなって、気づけば窓の外は唐津の夜だった。宿に荷をほどき、まずは腹ごしらえ。デザート風のぷるぷる豆腐に惹かれつつ、旅のはじまりの一杯をやる。
そして夜の町へ。唐津くんちの宵曳山(よいやま)——提灯をまとった十四台の曳山が、ゆっくりと夜の町を練り歩く。漆と金箔でこしらえた獅子や兜が、灯りを受けてギラギラと光る。なかでも全身うろこまで輝く真っ赤な鯛の曳山は、跳ねるように揺れて一番の見応えだった。
唐津くんちって?
唐津神社の秋季例大祭で、毎年11月2〜4日におこなわれる。漆と金箔で豪奢にしつらえた十四台の「曳山(ひきやま)」が、「エンヤ、エンヤ」の掛け声とともに城下町を巡行する祭りだ。獅子や兜、そして全身うろこまで金に輝く鯛など、江戸後期から明治にかけて町人たちがつくり上げた巨大な工芸品が主役で、重さは数トンにもなる。ユネスコ無形文化遺産にも登録された、九州を代表する秋祭りのひとつ。初日の夜は提灯をともした「宵曳山」で幕を開ける。
唐津くんちと虹の松原、佐賀バルーンフェスタへ
明くる朝の唐津は、海の町のすがすがしさ。高台から町を見わたし、海ごしに唐津城を望む。「松原やあぁ松原や」と口ずさみながら白砂青松の浜を抜け、唐津神社や、ルネサンス様式の旧唐津銀行本店——辰野金吾ゆかりの赤レンガ——をのぞいて、風光明媚な城下をぶらぶら。お昼は名物のタレ付きイカをほおばった。
そして昼は、昨夜とは別の顔のくんち。日の光のもとで見る曳山巡行は、金の装飾がよりいっそう豪奢に輝く。青獅子が揺れ、赤い鯛が跳ね、赤鬼の兜が睨みをきかせる。町じゅうが「エンヤ、エンヤ」の熱気に包まれた。
午後は佐賀市へ。いよいよ本命の佐賀バルーンフェスタ……のはずが、強風で午後の競技は中止(´;ω;`)。それでも膨らみかけた気球を横目に雰囲気だけは味わって、今夜は多久の渋い旅館へ。炭鉱で栄えた町の面影がのこる一室で、静かな晩酌を。
虹の松原
唐津湾の海岸沿いに約4.5kmにわたってつづくクロマツ林。その数およそ100万本、弧を描く緑の帯が虹のように見えることから「虹の松原」と呼ばれる。江戸初期に唐津藩が防風・防砂のために植えたのがはじまりで、静岡の三保の松原、福井の気比の松原とならぶ「日本三大松原」のひとつ。白砂青松百選にも選ばれた、唐津を代表する景勝地だ。
佐賀バルーンフェスタ終日、佐賀城・シチメンソウ
多久から始発列車でリベンジへ。早朝だというのにバルーンさが駅はすごい人出だ。今日の競技は、あちこちから飛び立った気球が会場上空に集まってくる「フライイン」。実況に合わせて、競技気球がこちらに向かってどんどん舞い降りてくる——地上のターゲットすれすれまで下降してマーカーを落とす技に、ワクワクが止まらない。パンダや動物のかたちをした変形気球も空を彩った。
無料シャトルバスで有明海の干潟よか公園へ。秋にだけ真っ赤に染まるシチメンソウが、青空と泥のマゼンタのコントラストで一面に広がっていた。足もとの泥にはちっちゃなトビハゼがいっぱい。佐賀城の鯱の門をくぐり、えびすさんだらけの水路の城下町を歩いて、肉まんじゅうで腹ごしらえ。
そして夕方、ふたたび会場へ。日が落ちるとはじまる夜間係留の一斉バーナーオン——地上につながれた無数の気球が、バーナーの炎でいっせいにぼうっと光る。暗がりに浮かぶ巨大なランプの群れは圧巻だった。興奮さめやらぬまま、列車で伊万里へ。
佐賀インターナショナルバルーンフェスタ
毎年秋、佐賀市の嘉瀬川河川敷でひらかれるアジア最大級の熱気球大会。国内外から100機前後のバルーンが集い、朝と夕方には、地上のターゲットにマーカーを落とす競技がくり広げられる。日中はさまざまな形の変形気球が観客をたのしませ、日没後には係留した気球を一斉に光らせる「バルーンイリュージョン(夜間係留)」が名物。期間中は会場直結の臨時駅「バルーンさが駅」も開設される。
シチメンソウ
有明海の干潟に自生する一年草の塩生植物で、秋が深まると全体が深い紅色に染まる。その色の移ろいが七面鳥の顔を思わせることから「七面草(シチメンソウ)」と呼ばれ、「海の紅葉」とも称される。東与賀の干潟よか公園一帯は国内有数の群生地。干潟にはムツゴロウやトビハゼが暮らし、ラムサール条約にも登録された豊かな湿地がひろがる。
有田・波佐見のやきもの巡りと嬉野温泉、帰宅
最終日はやきものの里めぐり。朝のひんやりした伊万里の町を歩き、白壁の商家や佐世保の玉屋がある商店街をのぞく。松浦鉄道にゆられて有田へ。安い「有田みかん」をかじりつつ、トンバイ塀の裏路地や色とりどりの風鈴がゆれる陶山神社、香蘭社の町並みをぶらり。ピンとくる皿には出会えなかったけれど、磁器の町の空気はたっぷり味わった。
三川内でバスを乗り換え、たまたま会った女将さんに精密な白磁の三川内焼を見せてもらう。有田は鍋島藩、波佐見は大村藩、三川内は平戸藩——近くてもそれぞれ個性があるのが面白い。そして波佐見へ。カジュアルで使い勝手のよい波佐見焼は、現代志向でわりと手ごろ。元窯元や旧小学校の講堂が、おしゃれな観光スポットに生まれ変わっていた。
しめは嬉野温泉でひとっ風呂。とろりとした名湯でさっぱりしたら、ビールにおでん、そしてやさしい豚骨ラーメンをすする。帰りは開業したばかりの西九州新幹線「かもめ」で、武雄温泉・博多を経由して、新しい我が家へ。さらば佐賀、また来るばい。
やきものの里
佐賀と長崎の県境あたりは、日本有数の磁器の産地が密集する。有田焼(佐賀・有田町)は日本磁器発祥の地で、江戸時代は鍋島藩が保護し、伊万里港から積み出されたことから「伊万里焼」とも呼ばれた。波佐見焼(長崎・波佐見町)は大村藩のもとで庶民の日用食器を支え、いまもカジュアルで使いやすい器として人気。三川内焼(長崎・佐世保)は平戸藩の御用窯で、繊細な白磁細工を得意とする。藩がちがえば作風もちがう、やきもの街道だ。