北九州・黒崎へ前乗り
旅の始まりは夜の北九州・黒崎。山陽本線をひたすら東へたどる四日間の前乗りに、アルクイン黒崎へ荷をほどく。ロビーで待っていたのは、青い目をむいた大きなライオンの頭。工業都市の夜の灯りを眺めながら、明日からの城と酒蔵の道中を思い描いて、早めに眠りについた。
門司港から巌流島・下関を経て岩国へ
朝いちの一杯から旅は走り出す。駅の立ち食いで肉うどんをすすり、海沿いの門司港レトロへ。赤レンガの旧門司税関や、昭和の匂いの残る門司中央市場を抜けると、関門海峡の向こうに本州が近い。「船が出るぞぉぉぉぉ」——連絡船に飛び乗って、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘したと伝わる巌流島へ。二人の像が向かい合うほかは、たぬきでも出そうな静かな島だ。
本州に上陸して下関へ。クジラのお腹をくぐるような鯨館で遊び、赤レンガ塀の路地を抜けて長府の城下町へ。紅葉にはまだ早い長府庭園は、彼岸花やフジバカマに秋の蝶が舞う、さながら「蝶々庭園」だった。土塀のつづく古江小路をそぞろ歩けば、城下町の風情がしみてくる。
ふたたび山陽本線に揺られ、日が暮れるころ下松で牛骨ラーメンにありつく。博多の麺を少し太くしたような細麺に、牛骨のあっさりスープ——これが(゚д゚)ウマー。すっかり暗くなった岩国に着いた。錦帯橋はまた今度、アーケードにはためく「創建三百五十年」の横断幕に迎えられて、今夜の宿へ。
巌流島の決闘
関門海峡に浮かぶ小さな無人島・舟島は、慶長年間にここで宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘したと伝わることから「巌流島」と呼ばれる。敗れた小次郎の流派「巌流」が島名の由来とされる。武蔵が約束の刻限にわざと遅れて相手を焦らし、舟の櫂を削った木刀で勝ったという逸話が名高い。いまは二人の像が向かい合うほかは静かな島で、対岸には下関と北九州の工業地帯が広がる。
広島城・スカイレールと西条の酒まつり
広電に揺られて広島へ。こんな立派な天守閣あったっけ、と広島城を見上げ、揚げたてのガンス(魚のすり身フライ)をうどんにのせてほおばる。そして本日の目玉、スカイレール。みどり坂の住宅地をぬって走る懸垂式の珍しい乗り物で、来春の廃止を前に鉄道ファンでにぎわっていた。
午後は東広島・西条へ。白壁と赤レンガ煙突のならぶ酒蔵通りは、ちょうど酒まつりの真っ最中。白牡丹に亀齢……それぞれの蔵が敷地内で有料試飲をひらき、屋台のつまみと地酒で通りはおおにぎわい。にごりの一杯にほろ酔いで、山陽路の酒どころを満喫した。
呉はあきらめ広で途中下車。焼き立てのカレー焼きは、中がとろりとカレーの風味と具の歯ごたえがたまらない。日が落ちて三原へ。天主台の上に駅が建つという三原城跡にのぼり、堀に灯りのにじむ海辺の城下町で一夜を過ごした。
広島スカイレール
広島スカイレール(スカイレールサービス みどり坂線)は、安芸区のみどり坂団地と最寄り駅を結んだ、ロープウェーとモノレールを合わせたような懸垂式の交通システム。急坂の住宅地の足として1998年に開業したが、乗客減と設備更新の負担から2024年春に廃止された。訪れた2023年秋は、間近に迫る廃止を惜しむ鉄道ファンでにぎわっていた。いまは、かわりのバスが坂をのぼっている。
福山・倉敷・岡山をめぐり帰宅
最終日も朝ラーから。石垣にそびえる備後福山城を見上げ、背脂魚介の福山ラーメンで一日を始める。足もとのマンホールは、カープ坊やの武者が城を守る福山城四百年仕様。新倉敷から玉島へ歩けば、港町のレトロな商店街に、割るとうぐいす餡がとろりのおやつ。円通寺公園の高台からは、瀬戸内の町並みが気持ちよく見渡せた。
玉島の町並み保存地区には、「燦然」の酒林をさげた造り酒屋・菊池酒造。行列のラーメン屋を横目に飛び込んだ町中華の麻婆丼と餃子が、しみじみうまい。
岡山にもどって、黒い下見板張りの岡山城「烏城」と、広大な後楽園へ。恐竜がお出迎えする長い表町商店街をひやかし、帰りの新幹線では岡山の地酒・極聖で打ち上げ。四日間、山陽本線を乗り継いだ城と酒の旅を、ほろ酔いで締めくくった。
玉島と円通寺
倉敷市玉島は、かつて北前船の寄港地としてにぎわった港町。いまも町並み保存地区に蔵屋敷や造り酒屋、レトロな商店街が往時のおもかげを残す。高台の円通寺は、江戸後期の禅僧・良寛が若き日に国仙和尚のもとで修行した寺として知られ、円通寺公園からは玉島の町並みと瀬戸内海が見晴らせる。