富山市から山越えで砺波平野の散居村、井波泊
旅のはじまりは、朝の富山駅。「あちゅい(ヽ´ω`)」とこぼしながら、まずは腹ごしらえの玉子サンド。神通川の長い橋をわたると、むこうに立山連峰が霞んで見えた——ほんとうは真っ白な稜線が立つはずだが、今日は夏の霞のむこう。水堀に水草のしげる安田城跡を抜け、呉羽の丘から山へ分け入っていく。
「川下りのはずが山の上」とぼやきながら、思ったよりきつい峠をこえる。山田の直売所で買ったおにぎりで昼をすませ、たどり着いた散居村展望台。富山の定番スポットのはずが、人っ子ひとりいない。眼下には、屋敷林にくるまれた家いえが田のなかに点々と散らばる砺波平野。しんと静かで、時間がとまったようだった。
山をおりて湯谷の硫黄泉でひとっぷろ。ぬるめのお湯に火照りをあずけ、庄川をわたって木彫りの町・井波へ。瑞泉寺の門前の旅館に荷をほどけば、窓のむこうはお寺ビュー。食前酒のミードをちびりとやり、揚げたての天ぷらに胡麻だれ——久しぶりの旅館の夕食が、しみるよるだった。
砺波の散居村
家と家が寄り集まる集村とちがい、一軒ずつが田んぼのなかに距離をおいて散らばるのが「散居村(さんきょそん)」。砺波平野は日本有数の散居村地帯で、数百戸の家が屋敷林(カイニョ)に抱かれて点々とひろがる。スギやケヤキの屋敷林は、冬の季節風や吹雪から家を守り、燃料や建材もまかなう暮らしの知恵だった。高台の展望台からは、その緑の島々が一面に散らばる独特の風景を見晴らせる。
井波の社寺と木彫りの町、若鶴酒造から高岡へ
朝六時、お寺の鐘で目がさめて、そこから二度寝。井波のあさは、まず井波八幡宮にチェケラッチョ。瑞泉寺の境内では、子どもたちが網を手に水路でカニ取りに夢中だった——放生会かなにかだろうか。木彫りの町だけあって、山門も本堂も、欄間も柱も、見あげるほどの彫刻でびっしり。波間に躍る霊獣の欄間に、しばし見とれる。
町を出ると、また散居村のひろがり。大国主をまつる越中一宮・高瀬神社は、縁結びのご利益と、うさぎ推し——しめ縄の上には、波に遊ぶうさぎの彫刻があった。廃線跡をたどり、福野では明治の擬洋風建築・巖浄閣に目をみはる。出町の大ケヤキを見あげ、素麺を食べたい一心で道の駅をめざせば、まさかの三軒連続お休み(工エエェェ)。ようやくありついた冷やし麺が、しみた。
若鶴酒造の大正蔵で、スモーキーなウイスキーと日本酒をゲット。土蔵づくりの高岡・山町筋をぶらりすれば、黒漆喰の町家が重厚に軒をつらね、鋳物の町・金屋町の石畳と千本格子が美しい。帰りの車内で三郎丸のハイボールにすり身揚げ、「おつかれちゃん🍻」。富山のまんなかを二日で走りきった旅を、しずかに打ち上げた。
井波彫刻と瑞泉寺
井波は、真宗大谷派の井波別院瑞泉寺の門前町として栄えた木彫りのまち。江戸中期、焼失した瑞泉寺の再建に京から御用彫刻師が招かれ、地元の大工がその技を受け継いだのが井波彫刻のはじまりとされる。欄間や獅子、神社の社殿装飾に発揮される立体的で緻密な彫りは、いまも全国の社寺や山車を飾る。門前の八日町通りには彫刻工房が軒をつらね、軒先にまで木くずと鑿(のみ)の音が満ちている。