山古志を自転車で巡り魚沼・小出へ
早朝の新潟入り。あいにくの強風とガスで視界はぼんやり、黄砂まじりの空の下、まずは朝ごそばをたぐって体を起こす。宮内駅から走り出し、醸造のまち摂田屋へ寄り道。機那サフラン酒本舗の土蔵は、壁一面に色鮮やかな鏝絵(こてえ)がほどこされていて、思わず足が止まる。越のむらさきの黒塀に醤油の香り、山菜の季節の気配を胸いっぱいに吸いこんで、いよいよ山へ分け入っていく。
蓬平温泉郷の高龍神社に手を合わせ(御神酒と生卵を供えるのが作法と、あとで知った)、山古志へ。起伏がすごすぎて道がわからなくなるほどの、折り重なる山と棚田。斜面のあちこちに錦鯉の池が光る——ここは世界に名だたる錦鯉のふるさとだ。牛の角突きの闘牛場をのぞき、手掘りの隧道としては日本一という中山隧道へ。安全上もう通り抜けられないのが惜しい。中越地震で水没したまま残された木籠(こごも)の家屋に、山里が負った傷の深さを思う。
山ばかりでキツー(;´Д`)と音を上げつつ、残雪と桜が同居する峠を越えて、大都会・小出へ下る。シャッターの下りた商店街を抜け、須田屋旅館に投宿。素泊まりの夜は、味噌かつ丼にへぎそば、木の芽、ふきのとうの天ぷら、うるいにほたるいか。地酒・緑川をちびちびやれば、一日こがした脚の疲れもほどけていく。
錦鯉と牛の角突き、そして地震
山古志は、泳ぐ宝石とも呼ばれる錦鯉の発祥の地。雪深い山里で、田の用水をためる池に飼われた色鯉が、長い時間をかけて磨かれてきた。牛の角突き(闘牛)も、国の重要無形民俗文化財に指定される伝統で、勝敗をつけず引き分けにするのが山古志流の情け。2004年の中越地震では全村避難を強いられたが、人も鯉も牛も山へ帰り、棚田と池の風景をよみがえらせた。土砂ダムに沈んだ木籠の家屋は、その記憶を伝えるために、あえてそのまま遺されている。
小出から八海山を経て越後湯沢へ
二日目は打って変わって、やや暖かな朝。農協コーヒーで目を覚まし、小出公園でさっそくカタクリの群生に出会う。スキー場の斜面から魚沼のまちを見下ろせば、看板猫の越乃山猫が、残雪の峰を背にちょこんと座っていた。只見線の時刻表をのぞけば、次の会津若松行きは昼すぎ——雪国のローカル線のゆったりした時間が、ここにはある。道の駅で山菜を仕入れ、コイデタウンにさよならバイバイ。山際の道をのんびり南魚沼へ。
八海山をあおぎながら八海山尊神社に参拝し、お昼は宮野屋の山菜三種盛り。三種といいつつ木の芽、山ウド、きゃらぶき、ぜんまい……と何種も盛られて、今まで食べたことのない華やかな風味に(゚д゚)ウマー。六万騎城跡へプチ登山、猿倉山の八海山ビール醸造所をのぞき、雷電様の清水をごくごく。冷たくて美味い名水は、地元の銘酒やクラフトビール『ライディーン』の仕込み水でもあるという。
魚沼の山はいいわねぇ、とつぶやきながら、雪国の町家が軒を連ねる塩沢・牧之通りへ。疲れた脚をなだめつつ越後湯沢に下れば、旅の締めは人参亭の特大ヒレカツ、ご飯大盛りキタ━━!! ホテル双葉の温泉でさっぱり汗を流し、日焼けでひりつく顔をなでながら、二日間のペダルの旅を静かに閉じた。
雪国と名水の魚沼
魚沼は、日本有数の豪雪地帯でありコシヒカリの名産地。雪どけの清らかな水が、米も酒も育てる。雷電様の清水は、八海醸造の銘酒や猿倉山のクラフトビール『ライディーン』の仕込み水にも使われる名水で、ブランド名もこの清水に由来する。塩沢の牧之通りは、江戸の文人・鈴木牧之にちなむ町並みで、深い雪に備えた雁木(がんぎ)の軒がつづく。川端康成『雪国』の舞台・越後湯沢はもう目の前——越後の春は、雪と水の恵みで満ちている。