夜の福島入り、郡山で前泊
金曜の夜、新幹線に飛び乗って福島へ。明日からの花見にそなえて、まずは郡山のホテルに荷をおろす。
遅い時間についやってしまう、深夜のラーメン。生姜のきいた青島系のスープが、旅のはじまりの合図みたいでたまらない。この時間に食べる一杯は、ちょっとした反則だ。
三春滝桜と阿武隈越え、夜ノ森の桜
朝いちで三春へ。すでにすごい人出のなか、あらわれたのが三春滝桜――樹齢千年ともいわれる大きなベニシダレザクラだ。四方に枝を垂らし、ピンクの滝が地面へこぼれ落ちるよう。三春には名木が多く、合戦場のしだれ桜、滝桜と双璧をなす紅枝垂地蔵桜と、桜から桜へと渡りあるく。
小野町ではリカちゃんキャッスルに寄り道し、いちごと桜のおやつでひと息。ここからが本番、折りたたみ自転車で阿武隈の山越えだ。川下りのつもりが峠はどこまでも登りで、押して歩くほどの急坂(´・ω・`)。川内村のカフェで食べたカレーで、ようやく人心地ついた。
山の桜はまだこれからだったが、峠を越えた浜通りの夜ノ森は完璧な満開。桜まつり本番は翌週というのに、桜トンネルがみごとに咲きそろっていた。夜は串誠でいわきの地養卵の串をつまみ、常磐線で夜ノ森へとんぼ返り。ライトアップに浮かぶ夜桜は、昼とはまた別の顔をしていた。
三春滝桜
日本三大桜のひとつに数えられる、樹齢千年とも言われるベニシダレザクラの巨木。高さ十数メートル、四方に伸びた枝からしだれる花が、滝のように流れ落ちて見えることから「滝桜」と呼ばれる。国の天然記念物。日当たりのよい場所に立つためか、まわりの桜よりひと足早く咲くという。地名の「三春」は、梅・桃・桜が一度に春を迎えることに由来するとも伝わる。
夜ノ森の桜と、戻ってきた春
富岡町・夜ノ森は、約2キロにわたって染井吉野が続く桜並木で知られる花の名所。2011年の原発事故で町は長く避難指示区域となり、桜並木も人の立ち入れない「帰還困難区域」を走っていた。少しずつ避難指示が解除され、2023年春には並木の一部を再び歩けるように。満開の桜トンネルを見あげる人びとの姿に、よみがえりつつある町の春が重なった。
浜通りの双葉・浪江をめぐり帰路へ
天気は下り坂、風も冷たい最終日。双葉駅に降りると、駅前の旧市街地は廃墟のまま。けれど壁にはアートが描かれ、見てまわる人の姿もちらほら。放置された業務用車がぜんぶパンクしていたのは、やはり生々しかった。
東日本大震災・原子力災害伝承館で、語り部のワークショップもある展示をじっくり見る。浪江町の請戸小学校は、津波に襲われながら児童・教職員全員が高台へ避難して助かった、震災遺構として残された校舎だ。岐阜の糸会社がひらいたタオル工場をのぞいて、ようやく腹ごしらえへ。
道の駅なみえで食べた常磐もののしらす丼は、今まででいちばんと言いたくなるうまさ。名物のなみえ焼きそばは、やきそばというよりやきうどんに近い太麺。請戸川の桜はもう散りはじめ、風に花びらが舞っていた。浪江から常磐線特急ひたちに乗って、花いっぱいの三日間に別れをつげた。
請戸小学校と、浜通りの今
浪江町請戸にある請戸小学校は、海からわずか300メートルほど。2011年の津波で校舎は大きく壊れたが、児童・教職員は高台の大平山へ避難し、全員が無事だった。校舎は「震災遺構」として保存・公開されている。周辺の双葉・浪江は長く避難指示区域だったが、近年は駅前にアートが生まれ、伝承館や道の駅ができ、少しずつ人の営みが戻りつつある。