東京から六ヶ所村へ 尾駮沼と神社巡り、田名部泊
旅立ちは東京駅。近年まれに見る混みようの新幹線で、一気に北をめざす。駅弁の穴子を探すも見あたらず——どうやら穴子抜きのほうを買ってしまったらしい(´;ω;`)。三月十一日、あの震災から十二年の日。今朝も地震があった。七戸十和田駅に降り立つと、思ったより雪が深い。
タクシーとバスを乗り継いで、初めての六ヶ所村へ。日本原燃の社宅と工場、関連企業の事務所が集まってできたニュータウンに、原子力のエネルギープラザ。白鳥の浮かぶ尾駮沼をのぞき、昼はパンで軽くすませる。六ヶ所村は、彫刻に気合いの入った神社が多い土地——稲荷、諏訪とめぐって、長芋焼酎『六趣』をようやく手に入れた。
さらにバスで北上し、泊(とまり)へ。岩の洞をのぞきつつ、夕方、むつ市の田名部に着く。桐半通り、天きん通り、はまなす通り——昭和の匂いの残る夜の商店街には、名前のふるった小さなスナックがぽつぽつ。場末の灯りをたよりに、下北の夜はふけていった。
六ヶ所村と原子燃料サイクル
下北半島の太平洋側にひろがる六ヶ所村は、日本の原子燃料サイクルの中核を担う村として知られる。使用済み核燃料の再処理工場やウラン濃縮工場などが集まり、日本原燃の社宅や関連企業でできたニュータウンが、雪原のなかに整然とのびる。いっぽうで尾駮沼・鷹架沼といった汽水湖には冬になると白鳥が渡り、静かな湖面をにぎわせる。村の名産は長芋で、地酒『六趣』はその長芋を用いた焼酎。先端産業と北の自然が肩をならべる、ちょっと不思議な景色をもつ村だ。
尻労から猿ヶ森砂丘と埋没林、やまびこで帰京
田名部で朝を迎える。欠航つづきのシィライン(海上バス)はとうとうあきらめ、バスを乗り継いで東通村の尻労(しつかり)へ。尻屋崎は山の向こうだが、ここもまた本州の行き止まり、最果てのひとつだ。
そして、猿ヶ森砂丘。日本最大級——太平洋の荒波を手前に、見わたすかぎりの砂の原がひろがる。『これは日本一やで』。帰りのバスは三時間後。ならばと、砂丘沿いの道をひたすら猿ヶ森まで歩くことにした。道端には湧水の川と小さな社、集落はひとつもないのに電波だけはちゃんとある(自衛隊のおかげ?)。足の裏に豆をこしらえながら、倒木の折り重なる埋没林にたどり着いた。
海に面していないのに漁協のある不思議な集落を抜けて、バスで泊、野辺地へ。常夜灯の港町から青い森鉄道で八戸に出て、はやぶさ・やまびこと乗り継ぐ。鯖ジャーキーをかじり、三本ならんだ団子をながめ、夜汽車にゆられて——気がつけば田端、起きたら現実。未明の東京に、最果ての旅は静かに溶けていった。
猿ヶ森砂丘と埋没林
下北半島の太平洋岸にのびる猿ヶ森砂丘は、南北およそ17kmにわたる日本最大級の砂丘。鳥取砂丘をしのぐ規模をもちながら、その大部分が防衛装備庁の下北試験場(弾道試験場)の敷地内にあって立ち入りが制限されているため、一般にはほとんど知られていない“幻の砂丘”だ。砂丘の一角には、およそ千年前に飛砂に埋もれたヒバ(ヒノキアスナロ)の巨木群=埋没林が眠る。砂に呑まれた太古の森が、立ち枯れのまま今に姿をとどめている。