渡良瀬遊水地の野焼きと栃木市の社寺めぐり
旅のはじまりは、まだ薄暗い野木の駅。旧思川のほとりでは梅がほころび、いい香りが流れていた。渡良瀬遊水地に着くと、すでに三脚を構えたカメラマンでいっぱい。みんなの望遠レンズの先をたどると、ヨシ原の巣塔のてっぺんに、帰ってきたコウノトリの姿。百倍ズームでやっとの遠さだ。
放火は一時間後——そう、今日はヨシ焼きの日。広大なヨシ原に火が入ると、炎は乾いた音を立てて一気に走り、黒い煙がもうもうと立ちのぼる。風向きが変わるたび煙が目に沁み、服にこげくさいにおいが染みついていく。春を呼ぶ火が、冬枯れの原っぱを真っ黒に焼きあげていった。
午後は蔵のまち栃木へ。酒蔵の並ぶ通りをぶらつき、路傍の無人販売で苺をひとパック。下野一之宮・大神神社の室の八嶋に手を合わせ、岩下の新生姜ミュージアムをのぞく。夜は郷土料理のしもつかれに、噂の生ハム苺、ソースを選べるたこ焼き——北関東の味をあれこれ試して、濃い一日が暮れていった。
渡良瀬遊水地とヨシ焼き
栃木・群馬・茨城・埼玉の四県にまたがる、本州最大級の遊水地。もとは足尾銅山の鉱毒被害を受けて旧谷中村を廃し、増水を受けとめる遊水地として造られた土地で、いまはラムサール条約に登録された広大な湿地だ。毎年早春、害虫を抑えヨシの新芽を促すために一斉に火を放つ「ヨシ焼き」が行われ、三百ヘクタールを超えるヨシ原が炎と煙に包まれる。近年は人工の巣塔が立てられ、国の特別天然記念物コウノトリの野生復帰も進む。
栃木市街と出流観音、葛生のいもふらい
二日目は、朝の光のなかを蔵のまちさんぽから。理容ワカマツや三桝屋本店、黒漆喰の商家が通りに連なる。何度も来ているのに、通ったことのない道を行くと、まだ知らない栃木がある。護国神社のそばには、軍の施設にしてはメルヘンすぎる謎の石塔。錦着山にのぼって町を一望し、縄文の家が復元された星野遺跡へ。蝋梅の香る郷では、黄色い花がまだ見頃で、甘い匂いがあたりに漂っていた。
昼はそば屋で一枚。刺身こんにゃくのわさびが強烈で、思わず涙がぶわっと出た。寺内峠を越えて、そば屋だらけの出流観音(満願寺)へ。スピーカーから大音量でお経が流れるなか、朱い仁王門をくぐって石段を上り、軒下にびっしり並ぶ龍の彫刻を見上げる。奥の院は、崖の中腹に懸けられた清水の舞台のような堂。その奥の鍾乳洞には、観音様の後ろ姿に見立てられた鍾乳石——入った瞬間、何も知らなくても「仏様だ」となる荘厳さだった。
山を下りれば、石灰の採掘でけずられた「栃木キャニオン」。セメント工場の独特のにおいが漂う葛生の町に着く。しめは駅わきのあづま本店で、揚げたてホクホクのいもふらいと、柔らかいヒレカツ、手打ちのラーメン。どちらも塩で食べるのがおすすめだという。おみやげを提げて、夜の電車で帰途についた。
出流観音(出流山満願寺)
坂東三十三観音霊場の第十七番札所で、日光を開いた勝道上人ゆかりと伝わる古刹。山ふところのそば処としても知られ、参道にはそば屋がずらりと並ぶ。見どころは奥の院。台風の爪痕が残る山道を登った崖の中腹に、清水寺を思わせる懸造りの堂が張り出し、その奥の鍾乳洞には、観音の後ろ姿に見立てられた鍾乳石がまつられている。断崖の洞に霊場を見いだした、昔の人の眼力におどろく。