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初日の出は、船の上で
EHIME ▶ KYUSHU · 2022−2023 年越しの旅

初日の出は、船の上で

年をまたいで愛媛から南九州へ。野生馬、黒酢壺、湯けむりの六日間。

2022.12.30 ▶ 2023.1.4

Days6日間
Dist約629km
Area愛媛・大分・宮崎・鹿児島
Top最高 798m

2022年の暮れ、南へむかう夜のフェリーに乗りこんだ。愛媛・新居浜に未明の上陸をはたし、別子銅山の名残をたどり、松山の道後で湯けむりに包まれる。大洲では愛媛ならではの鍋焼きラーメンをすすり、大晦日はみかん畑の山を越えて、2022年最後の夕日を八幡浜の空に見送った。

年が明けて元旦、八幡浜港を発ったフェリーの甲板で、海からのぼる初日の出を拝む。そこから先は南九州——臼杵の醤油蔵、田野の大根やぐら、都井岬で草を食む野生の御崎馬、福山にならぶ黒酢の壺、桜島に埋もれた鳥居、そして妙見から霧島へとつづく湯けむりの道。年をまたいで海を渡り、冬の九州をひたすら味わいつくした、六日間の記録。

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DAY 1 · 12.30

フェリーで愛媛上陸、道後から大洲へ

旅のはじまりは、瀬戸内をわたる夜のフェリー。未明に新居浜へ上陸し、かつて東洋一とうたわれた別子銅山の名残をあるく。日暮別邸の洋館や社宅のあとが、銅山でにぎわった町の記憶をいまに伝えていた。坂の上の城跡からは、雪をかぶった山なみと、朝のまちが見わたせる。

バスにゆられて松山へ。具だくさんのうどんで腹ごしらえして、賑わう道後温泉街へ。県庁所在地のまんなかに、これだけ大きな湯の町があるのはすごい。本館の湯けむりと、石段のうえの伊佐爾波神社をひやかして、特急であっという間に大洲入り。夜のしめは、愛媛ならではの鍋焼きラーメン——土鍋でぐつぐつ、具はシンプルでやさしい味だった。

移動 約108.0km / 獲得標高 146m

別子銅山と新居浜

新居浜の町は、江戸期に住友が開坑した別子銅山とともに栄えた。山あいで採れた銅は近代日本の産業を支え、麓には社宅・学校・病院がならぶ企業城下町が広がった。1973年の閉山後も、日暮別邸記念館や東平(とうなる)の遺構など、「東洋のマチュピチュ」とも呼ばれる産業遺産が各所にのこる。

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DAY 2 · 12.31

大晦日、みかん畑の山を越えて

大晦日は、大洲と八幡浜をのんびり。大洲神社から城下町をながめ、おはなはん通りの古い町家や、赤煉瓦館のレトロな建物をめぐる。八幡浜の市場では、愛媛らしくみかんが山と積まれていた。四国初の紡績工場で栄えたという保内へまわれば、愛媛蚕種の堂々とした建物など、明治の産業遺構がそこここにのこっている。

そろそろ山越えだ。菜の花がもう咲きはじめたみかん畑の急坂を、ひたすら登る。権現山のあたりまで来ると、八幡浜の町と海を見おろす眺めはまさに絶景。2022年、最後の夕日がゆっくりと海に沈んでいく。宿にもどって、八幡浜のじゃこ天にブリ、そしてエビ天をのせた年越しそば。紅白を横目に、静かに一年を送り出した。

移動 約24.5km / 獲得標高 366m

八幡浜と保内の産業遺産

八幡浜のとなり、保内(ほない)は、明治期に四国で初めて紡績工場が建った町。生糸・紡績や海運、鉱山で栄え、いち早く電灯がともった「四国の文明開化」の地ともいわれる。愛媛蚕種をはじめとする洋風建築や土蔵が川沿いにのこり、往時の繁栄をしのばせる。みかんの段々畑が海までせまる風景は、南予ならではの眺めだ。

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DAY 3 · 01.01

元旦、海の上の初日の出から南九州へ

2023年、元旦。まだ暗いうちに八幡浜港を発つ、宇和島運輸フェリーの甲板へ。星がちらつく空の下、海のむこうが少しずつ明るんでいく。そして7時すぎ——雲のあいだから、海からのぼる初日の出。船の上で拝む一年の最初の太陽は、格別だった。大分・臼杵に上陸したら、卯年にちなんで卯寅(うのとり)稲荷で初詣をすませる。

臼杵は、フンドーキンをはじめ醤油蔵の多い町。二王座の石畳や城下町の路地に、しょうゆ色の歴史が息づいていた。臼杵城跡では、正月で餌をもらえないのか、やけに腹をすかせた鳥たちがお出迎え。特急で延岡へわたり、今山八幡宮に初詣、千人殺しの石垣で名高い延岡城跡をめぐる。夜は田野で、ずらりと組まれた大根やぐらのライトアップ——「ゲーミング大根」とでも呼びたくなる光の帯に、おったまげた。

移動 約254.3km / 獲得標高 423m

海の上の初日の出

南に突き出た岬でないと、初日の出は海からのぼらない——そんな議論のすえに選んだのが、八幡浜から大分へわたる元旦早朝のフェリーだった。豊後水道のまんなか、さえぎるもののない水平線からのぼる一年最初の太陽は、陸で拝むそれとはまた違う清々しさ。船は正月の静かな海を、九州へとわたっていく。

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DAY 4 · 01.02

都井岬、草を食む野生の御崎馬

都城で初詣。神柱宮の参道には、正月の屋台がずらりとならんでいた。バスとローカル線を乗りついで志布志へ。日南線はいま一部が代行バスだ。志布志駅ちかくのマルチョンラーメンで、2023年の初ラーメン——平たい中太麺にあっさり豚骨、ほろりと崩れるチャーシューがうまい。切符を車内で売るJRの車掌さんが乗る代行バスで、串間へとむかう。

この旅いちばんのお目当て、都井岬へ。岬の草原には、国の天然記念物・御崎馬(みさきうま)が、野生のまま放し飼いにされている。親子でもふもふと草を食み、車が来てもまるで動じない。灯台のある岬のさきまで馬だらけだ。串間にもどってブリの昼ごはん、志布志をへて鹿屋へ。郷土のももタタキで、一日をしめくくった。

移動 約116.3km / 獲得標高 371m

都井岬の御崎馬

宮崎県串間市の都井岬で、300年以上も野生のまま生きてきた日本在来馬。江戸時代に高鍋藩がひらいた牧場の馬が、管理をはなれて半野生化したもので、国の天然記念物に指定されている。岬の草原を自由にあるき、子を産み、群れで暮らす。ずんぐりとした体つきと、やさしい目が愛らしい。

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DAY 5 · 01.03

桜島の対岸、黒酢の壺畑と妙見の湯

鹿屋からバスで垂水へ出て、錦江湾ごしに桜島とご対面。対岸の大隅側から見る桜島は、ほんとうに迫力がある。噴火でできた桜島口の陸続きをすぎ、灰よけの屋根をもつお墓や、火山と生きる暮らしを横目に湾ぞいを北上。牛根麓では、桜島の噴石にすっぽり埋もれた稲荷の鳥居が、火山のすさまじさを静かに物語っていた。

福山につくと、斜面いちめんに黒酢の壺。壺、壺、壺——ほんのり酢のにおいがただよう壺畑は壮観で、江戸時代から変わらぬ製法でお酢が仕込まれている。黒酢の試飲をいただき、石垣のつづく古い町をぬけて、大隅國二之宮・蛭児神社へ。夜は妙見温泉の秀水湯へ。自炊設備つきのレトロな湯宿で、ぬるめの鉄の湯にどっぷり浸かり、ご汁(味噌汁)を自分でこしらえた。

移動 約69.1km / 獲得標高 222m

福山の黒酢

霧島市福山町は、江戸後期からつづく壺づくり黒酢の里。黒麹と蒸し米・米こうじを陶器の壺に仕込み、屋外にずらりとならべて一年以上、太陽の熱だけで発酵・熟成させる。温暖で日当たりがよく、強い風を山がさえぎる福山の地形が、この独特の「屋外壺畑」を可能にした。斜面を埋めつくす壺の列は、航空写真にもはっきり写るほどの壮観だ。

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DAY 6 · 01.04

霧島神宮で大吉、湯けむりの道をゆく

最終日。妙見の川からもうもうと湯気がのぼる朝、隼人・国分をへてバスで霧島神宮へ。思っていたより観光地観光地していて、三が日すぎでもなかなかの賑わい。参拝して引いたおみくじは、なんと大吉! まぶしい朱の大鳥居をくぐり、天狗のようで天狗でない「九面(くめん)」のお面を横目に、山をのぼっていく。

霧島温泉郷へのぼると、硫黄谷の噴気地帯がもうもうと白い湯気をあげ、川までが白くにごっている。霧島最古の岩風呂をのぞき、黒豚のランチで温まって、青白く濁る硫黄泉でさっぱり。古い木造の嘉例川駅では、名物の駅猫「さんちゃん」がのんびり出迎えてくれた。茶畑ごしに飛行機を待ち、鹿児島空港の鶏飯で腹を満たして、夜の便で成田へ。年をまたいだ六日間の旅が、静かに幕を閉じた。

移動 約55.0km / 獲得標高 520m

霧島神宮と九面

天孫降臨の神話にちなむ霧島神宮は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)をまつる古社。たびかさなる霧島山の噴火で焼失と再建をくり返し、いまの朱塗りの社殿は1715年に島津氏が造営したもの。境内で見かける天狗のようなお面は「九面(くめん)」と呼ばれ、九つの異なる表情で祭神を守るとされる。南九州らしい、火の山とともにある信仰のかたちだ。