熱海から旧東海道を下り山中城・大根やぐら経て裾野泊
三時起きで飛び乗った電車は、まだ夜の色をのこしていた。熱海の西側にまわると、冬晴れの海がまぶしい。ずっと東側ばかりだったから、この景色ははじめて。銘菓「猫の舌」を買いこんで、バスで一気に十国峠までのぼる。峠で降りて、いよいよここから旧東海道を歩いてくだっていく。
小ぶりの石畳は、下りだとかえって歩きにくい。竹やぶを抜け、復元されたまっすぐな街道を踏みしめていく。山中城跡では、北条流の障子堀がボコボコと格子に掘られていて、まるで巨大なワッフルのよう——当時もこんなに整っていたのかと見入ってしまう。三島スカイウォークは人でごった返していて、橋は横目に通りすぎた。
今日いちばんのお目当ては、大根やぐら。沿道を探しながら歩くと、冬の陽をあびた白い大根が、やぐらにずらりと干されていた。富士山と駿河湾を遠くに望む尾根道は、いいながめすぎて何度も立ちどまる。山をひとつ越えるほど歩いて三島へおり、バスで裾野へ。駅前の天ぷら屋「よしだや」で、具だくさんの天ぷら定食がキタ━━!! 衣はやわらかく素材をまとうようで、これで破格のお値段とは——老夫婦の揚げる一皿に、歩きづめの一日が報われた。
障子堀って?
山中城は、小田原城を西から守る最前線として北条氏が築いた山城。斜面を格子状に掘りくぼめた「障子堀(畝堀)」は北条流の築城術で、泥濘にはまった敵の自由を奪うための仕掛けだったという。いまは芝に覆われてワッフルのような幾何学模様をみせるが、往時は生々しい空堀だった。1590年、豊臣秀吉の小田原攻めでわずかな日数で落城したと伝わる、悲運の城でもある。
大根やぐら
冬の風物詩・大根やぐら。収穫した大根を寒風にさらして干し、たくあんなどに仕込むため、丸太を高く組んだやぐらにずらりと吊るす。箱根西麓のこのあたりは水はけのよい火山灰の土と、富士おろしの冷たい風が大根づくりに向く。冬になると沿道のあちこちに、白い大根のカーテンが掛かる。富士を背に大根の揺れる光景は、この季節・この土地ならではの眺めだ。
裾野・御殿場から小山・山北を巡り御殿場線で帰宅
二日目は裾野の町歩きから。市街地のすぐそばに、五本の流れをもつ五竜の滝が思いがけない迫力で落ちていた。バスで御殿場へ渡り、富士山の登山口にちなむ新橋浅間神社に手をあわせる。かつてはここが「東表口」と呼ばれる、富士の表玄関だったらしい。
小山町は、どこを向いても金太郎。道の駅ふじおやまの看板にはじまり、金時公園のまさかりを担いだ金太郎、金太郎郵便局まで、まさかりかついだ金太郎づくし。富士紡績の工場町として栄えた名残で、社長の功績を称えて東京・向島から移築されたという和田邸(豊門公園)も見学した。磨きこまれた立派な屋敷の裏には、紡績の町の光と影の物語がのぞく。
御殿場線にそって、足柄の山あいへ。かわいい谷峨駅を抜け、道の駅山北できのこたっぷりのそばをすすり、建設中の高速の橋脚を見あげながら歩く。つぶらの公園からはガスった足柄平野が一望できた。しめは山北の小さなバル。足柄牛のセンマイ刺、やまゆりポークの酒粕味噌焼き、地の豆腐屋のあぶらげに地酒——地のものばかりを肴に杯をかさねて、御殿場線で国府津経由、冬の街道歩きをしずかに終えた。
金太郎の里・小山
足柄山の金太郎(坂田金時)伝説ゆかりの地が、静岡県小山町。まさかりを担ぎ熊にまたがる金太郎は、のちに源頼光の四天王のひとり・坂田金時になったと伝わる。金時神社に金時公園、金太郎郵便局まで、町は金太郎一色だ。近代には富士紡績の工場町として発展し、東北などから集められた女工たちが糸を紡いだ。東京・向島から移された和田邸は、その栄華と、紡績の町を支えた娘たちの影の歴史を、いまに伝えている。