京都の坂から、湖西の紅葉並木へ
夜行バスが着いたのは、まだ薄暗い京都。朝ごはんを食べられる店を探すも、この時間ではどこも開いていない。寺をゆっくり拝む時間もないから、清水の坂と二寧坂だけを早足で登り、祇園へ回って花見小路の石畳を歩く。舞妓はんの姿はなかったけれど、朝の京都はしんと静かで、それだけで旅の気分がせり上がってくる。
出町柳から朽木ゆきのバスに乗ろうとすれば、一日一本の便が大行列で臨時便まで出る始末。乗り間違えて「途中」という名のバス停にぽつんと取り残されたりしながら、ようやく朽木の町へ。道の駅で山の鯖寿司をほおばり、戦時中は防空監視哨だったというレトロな丸八百貨店をのぞく。
そして、この旅いちばんの目当て——マキノのメタセコイア並木。ずらりと続く木々がちょうど赤茶色に燃えていて、思わず声が出る。交通量が多くて軽い渋滞まで起きているのはご愛嬌。夕暮れには海津大崎へ足をのばし、湖畔に積まれた古い石垣と、琵琶湖に沈む光に見とれた。近江今津からは小浜線に乗り換えて、若狭の小浜へ。今夜の宿は、鍵に車の名前が刻まれたふしぎな旅館だった。
メタセコイア並木
マキノ高原へと続く約2.4km、500本ものメタセコイアがまっすぐに並ぶ、滋賀・高島のシンボル。メタセコイアは「生きた化石」とも呼ばれる落葉針葉樹で、春の芽吹き、夏の深緑、秋の紅葉、冬の裸木と、季節ごとにまるで違う表情を見せる。晩秋には葉がいっせいに赤茶色へ染まり、並木道がトンネルのように色づく。もとは果樹園の防風林として植えられたものだというから、名所とは思いがけず生まれるものだ。
三方五湖をめぐり、敦賀で締める
旅人の朝は早い。なかなか明るくならない空の下、小浜西組の古い町並みを歩く。軒先に吊るされたさるぼぼ、現役で診療を続けるレトロな歯医者——時間がゆっくり流れる町だ。小浜線で美浜へ出て、三方五湖をぐるりとまわる「ゴコイチバス」に乗りこむ。ガイドさんのアナウンスを聞きながら、久々子湖から日向湖へ。船がびっしり並ぶ入り江は、どこか伊根の舟屋を思わせる。
バスを乗り継いで、レインボーライン梅丈岳の山頂公園へ。スゲェェェ——眼下に五つの湖がリアス式にひろがり、思わず息をのむ。ガスさえなければ最高、と贅沢を言いたくなる絶景だ。下りてからは若狭町の観光船に乗り、水月湖・菅湖のあいだを縫って進む。日差しは安定しないけれど、湖上からながめる水辺の紅葉もまたうつくしい。
やっとのお昼は、レストハウス湖畔のかつ丼。肉厚で薄味の一杯をかきこみ、梅の里会館で本場の梅干しを物色し、年縞博物館を横目に敦賀へ。駅前にできたおしゃれな図書館をのぞいてから、締めはおぼろ蕎麦。帰りの電車では、買い込んだ若狭名物のへしこをつまみに一杯——湖と紅葉の二日間を、ぬる燗の香りとともに静かに閉じた。
三方五湖とレインボーライン
若狭湾の内側に並ぶ、三方湖・水月湖・菅湖・久々子湖・日向湖の五つの湖。それぞれ塩分の濃さが違い、淡水から海水までグラデーションを描くめずらしい汽水湖群で、湖ごとに水の色が変わる。なかでも水月湖の湖底には、七万年分の地層「年縞」が途切れず積もり、年代測定の世界標準の「ものさし」として知られる。山頂の梅丈岳へは観光道路レインボーラインが通じ、展望台からは五湖と若狭湾、晴れれば日本海までを一望できる。