横浜町田から夜行バスで和歌山へ出発
旅のはじまりは、渋谷のスクランブルの喧騒を抜けて夜行バスの乗り場へ。二週続けての和歌山通いに我ながら呆れつつ、ネオンと芒あかりに照らされたブロンズ像に見送られて座席に身を沈める。ところが高速に乗る前から渋滞、東名は集中工事。消灯もされないまま、バスはのろのろと西をめざした。窓の外を流れる夜の明かりを数えながら、浅い眠りに落ちていく。
串柿の里とかつらぎの山越え、大和高田泊
気づけばバスはまだ滋賀。大幅遅延のまま、ようやく紀ノ川のほとりで朝を迎えた。田井ノ瀬から電車を乗り継ぎ、葉で包んだお寿司で腹ごしらえ。笠田の駅に降り立てば、空気はもう山里のにおいがする。麓の道の駅でみかんの山を横目に、鍋谷峠のトンネルをくぐって山へと分け入っていく。
そして串柿の里キタ━━!! 平・大久保・神野と、山の斜面にへばりつく集落をたどると、どの家の軒先にも橙色のすだれ。皮をむいた小ぶりの柿を縄に刺し、ずらりと吊るして干す——正月の鏡餅に飾る縁起物だ。干し場の中では、無数の柿が陽をすかして透けるように光る。元茅葺きの家が多く、空が近い。山岳集落のたたずまいに見とれているうち、昼は道の駅のお寿司でひと休み。
午後は七越峠を越えて下山。眺望もなく石だらけで歩きにくい古い峠道を抜け、和泉市の父鬼へ降り立つ。あの山を越えてきたと思うと、なかなかの達成感。父鬼の八坂神社に手をあわせ、バスで都会へ出て、泉大津から南海・近鉄を乗り継いで奈良・大和高田の宿へ。質素だけれど居心地のいい旅館で、柿の葉寿司と富有柿を抱えて一日を閉じた。
串柿って?
正月の鏡餅のてっぺんに飾る縁起物。皮をむいた渋柿を縄に刺して干し、甘い干し柿にする。和歌山・かつらぎ町の四郷(平・大久保・神野・東谷)は全国有数の産地で、十一月になると山の斜面の家々に橙色の「柿すだれ」が一斉に吊るされる。串の刺し方にも縁起が込められ、両端に二つ・真ん中に三つ刺して「いつもニコニコ仲むつまじく」と読ませるのだとか。飾ったあとに食べる家もあるらしい。
大和三山と天理を巡り名古屋経由で帰宅
三日目は、大和高田の町あるきから。腰の曲がったおばあちゃんがベーグルを焼くイマドキのパン屋に驚き、宮城医院や森川商店といったレトロな洋館をたどる。古い町は、歩くほどに味が出る。やがて畝火山口神社から大和三山のひとつ・畝傍山へ。無事に登頂するも、縦走をもくろむそばから雨がポツポツ降りはじめた。
電車で天理へ。立派なアーケードを抜ければ、そこは天理教の宗教都市。「おやさとやかた」と呼ばれる瓦屋根の巨大な建物が町のあちこちにそびえ、病院までもが城郭のよう。少し足をのばした石上神宮では、境内をたくさんの鶏が闊歩していて面食らう🐓 お参りのあとは、名物・天理スタミナラーメン(天スタ)でぷはぁ。
帰り道も寄り道ずくめ。亀山では丘の上の亀山城・多門櫓をのぞき、商店街から新市街へ降りる空中回廊をわたる。名古屋できしめんは行列で断念し、団子とせんべいをつまみながら東へ。雨もよいの空の下、欲張りな三日間はぶじ完走した。
天理のまち
奈良・天理市は、天理教の本部を中心に発展した日本でもめずらしい宗教都市。駅前から本部へまっすぐのびる天理本通はアーケードの商店街で、沿道には信者の宿泊所「おやさとやかた」が左右対称に長く連なる。瓦屋根の巨大な建物群は、学校・病院・図書館・博物館(天理参考館)までを擁し、独特の威容を見せる。少し北の石上神宮は日本最古級の古社のひとつで、境内に放たれた神鶏(しんけい)が名物だ。