東海道新幹線で東京を発ち岐阜方面へ
旅のはじまりは夜の東京駅。東海道新幹線に乗りこんで、車窓食堂シリーズの駅弁をあける。「なんかちょっと美味くなった?」——流れる夜景を肴に、濃いめのハイボールで西へ西へ。
ホテルに着いたのは名古屋。どこに泊まるのかと当てずっぽうで言い当てられつつ、窓の外の大都会のあかりをながめながら、明日からの自転車旅にそなえて早めに眠りについた。おはよう、岐阜県。
明知鉄道と自転車で旭・足助へ、矢作川の川魚と足助温泉
朝いちで明知鉄道の終点・明智へ。ここから相棒の折りたたみ自転車「クロちゃん」にまたがって、足助の方へ山をこえていく。駅前にひろがるのはレトロな日本大正村——雑貨をならべた服部商店、ミントグリーンの明智郵便局、木造の村役場に大塩医院と、時間がゆるやかに止まった町並みをコトコトめぐった。
山をこえた旭でお昼にありついたのが、矢作川の川魚のお頭付き。「うおーお頭付き!!」蓋からはみ出す大きさに、開ければ尾頭付きのうなぎがどーん。肉厚でふわとろ、肝までついて(≧∇≦)。タレのしみた身をしゃぶりつくし、頭蓋骨だけ残す勢いだった。すぐそばの矢作川には鮎を受ける「やな」、そして酒蔵の中垣酒造で地酒をゲット。酒蔵でワンカップを買うのは、なんだか少し罪悪感がある。
ダムを横目にどどめきの里で一息。日が落ちるのが早く、とっとと宿へ。足助に着くと、猪鍋屋の店先に🐗の毛皮がぶらさがり、軒先には藁のサイレンのような〆縄——足助まつりの火縄銃を飾るお守りだという。今夜の宿は、市街から少し離れた白鷺温泉。閑古鳥が鳴きそうな鄙びた宿だけれど、廊下には十四代、硫黄の香るいいお湯だった。
矢作川のお頭付き
東濃から奥三河へ流れくだる矢作川は、鮎やうなぎといった川魚の宝庫。初夏から秋にかけては川に「やな(簗)」を仕掛け、下ってくる魚を竹の簀の上で受けて獲る、昔ながらの漁が残る。この地域はうなぎの焼き方も関東式(蒸してから焼く)と関西式(蒸さずに焼く)が入り混じるといわれ、お頭付きのふっくらした身に、しっかり効いた甘辛ダレがからむ。塩の町・足助が近いせいか、味つけは塩気強めだとか。
香嵐渓から設楽・田峯を巡り飯田線・豊橋経由で帰宅
三日目は足助をもう一度のぞいてから山へ。香嵐渓はちょうど色づきはじめ——大渋滞の紅葉シーズンにはまだ早く、しずかな川べりをぶらり。使われなくなったプールごしに足助の町を見下ろして、いよいよ山越えへ。
人家も電波もない山奥をこいでいくと、杉木立のあいだを縫う細い道。野原川の観光センターでは「しいたけ食べ放題」の幟に誘われてみたり。設楽の豊邦大橋をわたって道の駅したらで一服、絹姫サーモンと鹿肉ローストでエネルギー補給。田峯紅茶のソフトクリームが、登りで売り切れた脚をそっとねぎらう💕
もう登りたくない……と音を上げながら田峯へ。歌舞伎が残る田峯観音に手をあわせ、天空の茶畑をのぞき、谷に日が入らなくなった田峯城から山なみを見送る。飯田線の大海駅に出て豊橋へ。乗り換えの誘惑は日本一、むらたのたこやきに阿蔵のあんこもち……名物を抱えこんで、新幹線で帰路についた。ゴォォォオオオル!
田峯の天空と芝居
奥三河の山ふところにある田峯(だみね)は、標高の高い斜面に茶畑がひろがる「天空の茶畑」で知られる。見上げる田峯観音(谷高山高勝寺)は、戦国の田峯城ゆかりの観音堂で、戦勝祈願の願かけから始まったと伝わる農村歌舞伎「田峯歌舞伎」がいまも奉納される。山上に復元された田峯城からは、日の落ちていく山里が一望できる。登り坂に脚を売り切らせた旅人を、ほうじ茶ならぬ田峯紅茶のソフトがそっとねぎらってくれる。