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信州・上州 秋の高原めぐり
SHINSHU × JOSHU · 2022 紅葉さんぽ

信州・上州 秋の高原めぐり

棚田と湯けむり、雲の中の峠とレンガの橋。

2022.10.7 ▶ 10.10

Days4日間
Dist約320km
Area長野・群馬
Top最高 2363m

三連休、夜の列車に乗って信州は上田へ。山賊焼きで旅の口開けをして、翌朝からは秋の高原をたっぷりと歩いた。

稲刈りまっさかりの稲倉の棚田、北国街道の宿場町、硫黄の湯の志賀高原。雲に呑まれた渋峠のリフトで凍えたあとは、草津の湯けむりで生き返る。最終日は海野宿から軽井沢へ、そして信越本線の廃線跡「アプトの道」をくだって、レンガのめがね橋をくぐった。紅葉がほどけはじめた長野と群馬を、鉄道とバスでつないだ、よく歩きよく食べた四日間の記録。

1
DAY 1 · 10.07

夜の信州入り、山賊焼きで乾杯

三連休のはじまり。金曜の夜に信州へすべりこみ、まずは上田のまちで腹ごしらえ。名物の山賊焼きをたのんでみたものの、衣はちょっとぼってり、脂は重め——「美味い店はこのへんが上手なんだよなあ」と評論しつつ、旅のはじまりの味としてありがたくいただく。

宿に荷をほどけば、窓の外はもう信州の夜。明日は朝いちで棚田へ向かうと決めて、早めに眠りについた。

移動 約0.1km / 獲得標高 3m

2
DAY 2 · 10.08

棚田と宿場、坂をのぼって志賀高原へ

朝の上田は雲が激しく動く空模様。坂をくだって稲倉の棚田へ着くと、ちょうど絶賛稲刈り中で、刈った稲を干すはぜかけが秋の光にずらりと並んでいた。これだけの棚田を維持するのは大変だろうなと思いながら、邪魔にならないように斜面をおりていく。まちへ戻れば、知らずにバスで何度も渡っていた上田ローマン橋、レトロな上田映劇——昭和の芝居小屋がそのまま残るような一角にも出会った。

しなの鉄道にゆられて坂城町へ。戦国武将・村上義清ゆかりの地で、北国街道の坂木宿をあるく。おしぼりうどんの旗に心を残しつつ、長野駅からバスにのりかえて、ぐんぐん山をのぼる。たどりついた志賀高原は、もう「寒岩!!」というくらいの空気。硫黄の湯の花がすごい宿の湯にまったりつかって、夕食の膳をひらけば——すき焼きにハンバーグ、アジフライ、グラタン、信州サーモンの握り。メイン級が五つも六つも渋滞して、お櫃は空にできなかった。

移動 約76.5km / 獲得標高 1512m

稲倉の棚田とはぜかけ

上田市の山あいに広がる稲倉の棚田は、日本の棚田百選にも選ばれた信州屈指の棚田景観。大小の田が斜面を段々にのぼり、刈り取った稲を木組みにかけて天日で干す「はぜかけ(はさがけ)」が、秋の原風景をつくる。機械乾燥とちがって手間はかかるが、ゆっくり乾かした米は味がのるという。畦(あぜ)の草刈りも含め、こうした景色は地元の人の地道な働きで守られている。

3
DAY 3 · 10.09

渋峠の雲の中、草津の湯けむり

朝の志賀高原は、うろこ雲のあいまに晴れ間。バスの時間まで、丸池から琵琶池へと水辺をさんぽする。紅葉はもうちょい、それでも高原はすこしずつ色づきはじめていた。やがて渋峠行きのバスにゆられ、横手山へ。斜めのベルトコンベア「スカイレーター」でぐらぐら登り、さらにリフトを乗りつぐ——が、山頂は雲の中。クソ寒い風にずっと吹かれ、ワイヤーから水滴まで落ちてくる、まさに拷問のような登りだった。それでもリフトの下には雲海が広がって、凍えた甲斐はあった。冷え切った体を、ドライブインの温かい一杯であたためなおす。

バスをのりついで、草津温泉へ。地蔵の湯にちゃぷんとつかれば、ぬるめの適温で生き返る心地。もうもうと湯けむりを上げる湯畑を眺め、西の河原のほうへ。石畳のまちには、むかしこの地で尽くしたコンウォール・リー女史をしのぶ聖バルナバ教会も建っていた。三連休の中日でにぎわう湯の町を抜けて、バスでふたたび上田へ。〆のあんかけ焼きそば…を頼んだら、出てきたのは普通の焼きそばという罠。それでも、にぼしの効いたスープはちゃんとうまかった。

移動 約156.8km / 獲得標高 830m

草津の湯畑と外湯

草津温泉の中心にある湯畑は、毎分数千リットルもの源泉が湧き、湯けむりを上げながら木樋(きとい)を流れていく名物の光景。湯の花もここで採る。強い酸性の湯は、見た目のわりに入るとまろやか。地蔵の湯や千代の湯など、気軽に入れる外湯(共同浴場)が町なかに点在し、湯めぐりが楽しめる。明治以降は、英国人宣教師コンウォール・リー女史がハンセン病患者の救済に生涯を捧げた地としても知られ、聖バルナバ教会や顕彰碑がその足跡を伝える。

4
DAY 4 · 10.10

海野宿から軽井沢、アプトの道をくだる

最終日。まんなかに水路が流れる海野宿をさんぽする。観光化されすぎず、格子戸と卯建(うだつ)の町並みが落ち着いていていい雰囲気だ。しなの鉄道で軽井沢へ渡れば、たいした標高でもないのに雲場池はもう紅葉がすすんでいた。六本辻のラウンドアバウトをぬけ、ホコ天でにぎわう旧軽井沢をぶらり。あづまやの力餅(くるみ)は、やわらかい餅にくるみの食感と風味がよく、これがこの日のお昼がわりになった。

軽井沢からは、一日一往復だけの旧道ルートのバスで旧碓氷峠をくねくねとくだる。おりたのは熊ノ平——信越本線の廃線跡をあるく「アプトの道」のほとりだ。トンネルだらけの線路跡を進むと、碓氷といえばの碓氷第三橋梁、レンガ造りのめがね橋があらわれた。わざわざ下におりて見上げる。丸山変電所の赤レンガ、峠の湯を経て横川へくだり、鉄道文化むらでゴール。〆は高崎へ出て、一度食べてみたかった朝鮮飯店で一人焼肉。豚軟骨やガツ、カシラをつまみ、最後はコムタンクッパでしめくくった。

移動 約86.2km / 獲得標高 840m

アプトの道とめがね橋

アプトの道は、1997年に廃止された信越本線・横川〜軽井沢間の廃線跡を整備した遊歩道。急勾配の碓氷峠を越えるため、かつてはレール中央の歯車とかみ合う「アプト式」で列車を押し上げていた。道中の碓氷第三橋梁(通称めがね橋)は、1892年に築かれた国内最大級のレンガ造アーチ橋で、国の重要文化財。赤レンガの丸山変電所もアプト式電車に電気を送った遺構だ。峠のふもと横川では、駅弁「峠の釜めし」の荻野屋が今も旅人を迎える。