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梅雨の水郷サイクリング
KASUMIGAURA → ITAKO → CHOSHI · 2022 梅雨

梅雨の水郷サイクリング

あやめ色の霞ヶ浦から、鹿島灘ごしの銚子へ。

2022.6.18 ▶ 6.19

Days2日間
Dist約150km
Area茨城・千葉
Top最高 83m

六月なかば、梅雨の晴れ間をねらって自転車を輪行し、土浦から霞ヶ浦へ。花はちょうど端境期、遊覧船もお休みで、予定を変えてそのまま湖畔をこぎ出した。歩崎の展望台に立つと、梅雨のうっすらした空の下に霞ヶ浦がどこまでも広がっている。古墳に神社、辻に立つ藁の巨人——水郷の在所をつなぎながら、ペダルは東へ向かう。

潮来のあやめ園では、終わりかけの花菖蒲が最後の紫をともしていた。夜は神栖に泊まり、翌朝は鹿島灘ぞいに南下。工業地帯の埠頭、浜辺のサボテン群生地をへて県境を越え、銚子へ。おおきなしうまいと細麺のラーメンでおなかを満たし、縁起のいい駅名とローカル電車に見送られて帰路についた、梅雨の二日間の記録。

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DAY 1 · 06.18

霞ヶ浦サイクリングと潮来あやめ祭り、神栖泊

旅のはじまりは土浦。輪行してきた自転車を組み立て、霞ヶ浦の遊覧船に乗るつもりが——花は来月、船は最小催行人数に届かず運休。予定を変えて、そのまま湖畔をこぎ出す。朝ごはんを探しながら走り、かすみがうら生まれのバーガーにありついた。まぁまぁお高いけど、まぁまぁうまい。歩崎の展望台に立つと、梅雨空の下に霞ヶ浦がどこまでも広がっていた。

湖岸には富士見塚の古墳、老朽化で竹の仮設になった大宮神社の鳥居——参拝していたらお茶をいただいた。辻には藁でこしらえた大人形(だいだらぼっち)が、くたびれた体で村を見守っている。高浜で熱々の煮込みハンバーグをかきこみ、玉造・麻生とつないで潮来へ。あやめ園はもう終わりかけだったけれど、紫や白の花菖蒲が最後のいろどりを見せてくれた。

常陸利根川の橋を渡り、外浪逆浦ごしに鹿島臨海工業地帯のシルエットを横目に、日が暮れる前に神栖へ。空が焼けはじめたころ港公園の展望塔に立ち寄ると、工業地帯にひとつ、またひとつと灯がともっていく。茶色い塩の湯であたたまり、宿で多古米の丼と名物のれんこんせんべいをつまみながら、ようやく一息ついた。長い一日だった。

移動 約103.0km / 獲得標高 72m

辻に立つ藁の巨人

村のはずれや辻に、藁でつくった大きな人形を立てて災いや疫病の侵入を防ぐ——各地に伝わる「大人形(だいだらぼっち)」の風習。霞ヶ浦ぞいのこの集落では、毎年夏に組み立てて一年のあいだ辻に立たせ、翌年また新しくこしらえるという。福島の「お人形様」とも通じる、村境を守る素朴な道祖神のかたちだ。今はもう二体を残すのみだそうで、晩夏に見にくれば、できたての青々とした姿に会えるらしい。

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DAY 2 · 06.19

神栖から鹿島灘沿いに千葉・銚子へ

翌朝は梅雨とは思えない上天気。バイキングの朝食でおなかを満たし、海を目指してこぎ出す。むかしはもっと大きかったという神之池をかすめ、鹿島臨海工業地帯のまっただなかへ。プラントと煙突とタンクが連なる埠頭は、釣り禁止の看板の横に釣り人が大杉。護岸をいろどる「千人画廊」の壁画をたどりながら、ようやく日川浜の海に出た。沖には風力発電の羽根がゆっくりと回っている。

太平洋の荒波のそば、日本にもあるんだなという砂地のウチワサボテン群生地。チクチクの団扇をひとつ、記念に。浜づたいに南下して、県境の標識をまたげば、もう千葉・銚子だ。左膝が痛みはじめたので、ここらで自転車は店じまい。おおきくて甘めのしうまいと、細い平打ち麺のやさしいラーメンで〆る。銚子はなぜだかメロン推しがすごかった。

腹ごしらえのあとは、懐かしい銚子ポートタワーをのぞき、縁起のいい駅名「髪毛黒生(笠上黒生)」キタ━━!! ちょうどよく有人駅で、駅員さんがいた。風船で飾られた銚子電鉄のレトロな車両は観光客でにぎわい、ドアには看板娘のつくしちゃんがぬれ煎餅をぱくり。梅雨のサイクリングは、ここで幕。特急で二時間以上、めちゃくちゃ日焼けして帰った。

移動 約45.6km / 獲得標高 142m

ぬれ煎餅と銚子電鉄

銚子駅から外川まで、わずか6.4kmを結ぶローカル私鉄・銚子電気鉄道。経営難のたびに名物の「ぬれ煎餅」や「まずい棒」の売り上げで糊口をしのいできた、たくましい電車だ。途中の笠上黒生(かさがみくろはえ)駅は、「髪毛黒生」とも読めることから、薄毛に悩む人の“縁起駅”として話題になった。レトロな車両と、看板娘・澪つくしをはじめとするユーモアたっぷりの商魂で、今日も鉄路をまもり続けている。