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旧北陸本線をゆく、糸魚川ヒスイ海岸サイクリング
NAOETSU → ITOIGAWA → OYASHIRAZU · 久比岐自転車道 · 2022 梅雨の晴れ間

旧北陸本線をゆく、糸魚川ヒスイ海岸サイクリング

海沿いの廃線トンネルをくぐり、ヒスイを探して。

2022.6.11 ▶ 6.12

Days2日間
Dist約432km
Area新潟(上越・糸魚川)
Top最高 511m

梅雨のさなか、起きたら予報が雨に変わっていた——そんな微妙な空の下、折りたたみ自転車「クロちゃん」を輪行して新潟へ。めざすは、海沿いを走っていた旧北陸本線の廃線跡。トンネルも鉄橋もそのまま自転車道になった久比岐(くびき)自転車道を、直江津から糸魚川へと西へたどる。

越後一宮の居多神社に手を合わせ、暗いレンガのトンネルを次々くぐり、漁師町の舟小屋をのぞき、浜に出てはヒスイを探して一攫千金を夢みる。夜は糸魚川の居酒屋でどろえびに舌鼓、翌日は天下の険・親不知から谷奥の秘湯・笹倉温泉へ。微妙だった空は、最後にちゃんと晴れてくれた。日本海と鉄路の記憶をなぞった、まんぷくな二日間の記録。

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DAY 1 · 06.11

直江津から久比岐自転車道で糸魚川へ

始発に近い新幹線で上越妙高へ。NewDaysで買った大船軒の小さな駅弁「あさご」をつまみ、直江津で降りると、上越妙高よりだいぶ涼しい。空はかなり微妙——予報は夜から雨だが、途中で降らないでくれと祈りつつ、クロちゃんを組み立てる。まずは越後一宮の居多(こた)神社と五智国分寺に参って旅の無事を願い、いよいよ海へ向かった。

久比岐自転車道のスタート地点から、西へ。この道はかつて海沿いを走っていた旧北陸本線の廃線跡で、暗いレンガのトンネルも鉄橋も、そのまま自転車道になっている。ホームの端からそのまま入れる有間川駅、乳母岳トンネルの長い闇。16キロしか進んでいないのに時間が溶けていく。名立で坂を下って食堂徳市に飛び込めば、太ったメギスの塩焼きと、特大の椀にごろごろ浮かぶつみれ汁。これがめちゃくちゃうまい。

筒石の漁師町では、舟をまるごと収める大きな舟小屋が浜に連なる。能生白山神社の茅葺きの社殿に見とれ、ヒスイ海岸では長靴持参のガチ勢に混じって、緑っぽい石を拾っては一攫千金を夢みた。糸魚川ゴール! トレインビューの宿に荷を置き、夜は居酒屋「食酒場いといがわ」で、地元のどろえびのお造りに締めのブラック焼きそば。腹がくちたら、工場夜景を見に青海のデンカまで足をのばした。

移動 約283.1km / 獲得標高 215m

久比岐自転車道(旧北陸本線跡)

直江津と糸魚川のあいだ、海沿いを走っていた旧北陸本線は、トンネルの多い難所だった。複線電化のための線路付け替えで山側に新線が移り、海寄りの旧線跡が自転車・歩行者専用の久比岐自転車道へと生まれ変わった。全長およそ32キロ、昔の鉄道トンネルや鉄橋をいくつもくぐり抜けながら、ずっと日本海を横目に走れる。鉄道好きにはたまらない、廃線ロマンの一本だ。

糸魚川とヒスイ

糸魚川は、日本有数のヒスイ(翡翠)の産地。姫川や青海川の上流でとれたヒスイが川を下り、海岸に打ち上げられるため、「ヒスイ海岸」では今も原石拾いが楽しめる。縄文時代にはここのヒスイが加工され、遠く各地へ運ばれていたという。2016年にはヒスイが日本の「国石」に選ばれた。緑色の石を拾っては「これヒスイ?」と胸を高鳴らせるのが、この浜の正しい遊び方。

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DAY 2 · 06.12

親不知・市振から笹倉温泉へ

二日目は雨も上がった。糸魚川の天津(あまつ)神社・奴奈川(ぬながわ)神社に参ってから、列車で親不知へ。降りたのは自分だけ、という静かな駅だ。道の駅でお目当ての鱈めしは売り切れ、代わりのたら汁定食は、やたらデカい椀に薄味の汁——それでも白子入りで安くてほっこり。天下の険・親不知の荒磯を眺め、県境の市振までさらに足をのばす。市振には昔の関所の址や、旧街道の松が残っていた。

梶屋敷から線路を離れ、谷の奥へ分け入る。湧水をたたえた月不見(つきみず)の池、豪雪地帯らしいどっしりとした民家。『寒い谷』というそのまんまの名のバス停を過ぎ、山あいの一軒宿・笹倉温泉へ。なかなかのツルツル美肌の湯に浸かって、ひんやりアイスでチャージすれば、下山するころにはなんと空が晴れた。日頃の行いだろうか。

晴れた海沿いをもう一度走り、能生の道の駅をのぞいて、日の沈むのを待つ。最後の目的地は、トンネルのなかにホームがある地下の筒石駅。駅舎から階段をどんどん下りると、ずっと圏外。無人になった秘境駅のホームに一人立つと、ちょっとドキドキした。日本海に日が落ちるのを見届けて、新幹線で帰路へ。微妙な空ではじまった旅は、いい夕日で幕を閉じた。

移動 約142.5km / 獲得標高 619m

親不知(おやしらず)

北陸道最大の難所として知られる、糸魚川西部の断崖海岸。険しい崖が海に迫り、波の引いた一瞬を狙って波打ち際を駆け抜けるしかなかったため、親は子を、子は親をかえりみる余裕もなかった——その言い伝えが「親不知・子不知」の名の由来とされる。いまは高速道路が海の上を跨ぎ、旧道・旧線とともに交通の歴史が幾重にも折り重なる。

筒石駅(地下のトンネル駅)

北陸本線の新線付け替えにともない、トンネルのなかに設けられた駅。地上の駅舎から長い階段を下りた、地下深くのトンネル内にホームがある。通過する特急や貨物列車の風圧はすさまじく、ホームには仕切りの扉が設けられている。いまは無人駅となり、携帯電話も圏外になる薄暗い空間は、まさに「地下の秘境駅」。訪れる人の好奇心をくすぐり続けている。