夜行バスで東京を発ち関西へ
旅のはじまりは、深夜の東京駅。Suicaのペンギンたちに見送られ、キャンペーンで5000円を切った格安の夜行バスに乗りこむ。ガラガラの車内で座席をめいっぱい倒して、「おやちゅみ」。目が覚めれば、もう関西のはずだ。
河内の古墳と柏原のぶどう畑、生駒の宿坊泊
早朝の大阪に着いて、鶴橋で乗り換え。朝から焼肉の匂いがただよう街を抜け、河内国分でおりる。川の近くだから平坦かと思いきや、いきなりの丘。のぼってみると、前方後円墳がそのまま墓地になっていて、墓石のうえにまた墓石——「墓 on 墓」の不思議な眺めに出会う。奈良との水陸交通で栄えた古い町をぶらつき、腹ペコでお好み焼きみたいな総菜パンと、焼きたてのチーズパンにありついた。
柏原といえば、ワイン。石垣のイカす鐸比古鐸比賣(たくひこたくひめ)神社に参ってから、カタシモワイナリーのぶどう畑へ。実がなる前のぶどうは、はじめて見る青い姿だった。斜面にびっしり並ぶガラス温室は、まるでソーラーパネル。ここが名だたるぶどうの名産地だとは、知らなかった。さらに山をのぼって、雁多尾畑(かりんどおばた)の山里へ。大阪はすぐ山になるからズルい、と思うほどの眺めが待っていた。
地すべりで知られる亀ヶ瀬を抜け(資料室は土曜でお休み……)、風の神さま・龍田大社に手をあわせる。王寺から生駒へ。活気のあるアーケードで買い物をして、門前町へつづく長い長い石段をのぼる。息を切らしてたどり着いた宝山寺の宿坊は、眺めのいいお部屋。鞄で揉まれて原型をとどめない蛸と、柏原で買ったワインで、一日の疲れをほどいた。
柏原のワイン
大阪・柏原は、知る人ぞ知るぶどうとワインの名産地。明治のころからぶどう栽培がさかんで、かつて大阪府はぶどうの作付け日本一を誇ったこともある。急な南斜面にひろがるぶどう畑と、きらめくガラス温室が独特の景色をつくる。カタシモワイナリーは大正の創業で、西日本でもっとも古い現役ワイナリーのひとつとされる——その看板はいまも「大阪ぶどう100年畑」とうたう。
宝山寺の門前町
宝山寺(生駒聖天)は、江戸のころから商売繁盛の神さまとして大阪の商人たちの信仰を集めてきた。山肌をのぼる長い石段の参道には旅館や茶屋が軒を連ね、門前町としてにぎわった。かつては花街としても栄え、宿のしつらえがどこか艶っぽいのは、その名残だという。ケーブルカーで気軽にのぼれるいまも、昭和の空気が色濃くただよう。
宝山寺参拝と生駒山地の縦走、夜行バスで帰路へ
朝風呂に水車が回っていてワロタ。まずは宝山寺に参拝——灯籠がずらりとならぶ石段の参道をのぼる。鳥居もあるお寺で、どう参ればいいのやら。門前の草餅屋で腹ごしらえして、ケーブルカーの小さな駅をいくつか越え、戦前からつづく生駒山上遊園地へ。昭和の香りがぷんぷんの乗り物たちが、いまも現役で動いていた。
ここからが本番。暗(くらがり)峠をこえ、玉がヒュンヒュン飛んでくる鐘の鳴る展望台で肝を冷やし、十三峠から下界を見下ろす。鶏を神使とする玉祖(たまおや)神社では、黒い長鳴鶏がお出迎え。やたらレトロな服部川駅。生駒の山々を南へ、ひたすら縦走していく。
信貴山口から西信貴ケーブルで山を越え、腹ペコで信貴山へ。「ダムーン」と決壊するダムカレーで腹を満たし、信貴山といえばの張子の虎にご対面。旧ケーブルの軌道跡を下って信貴山下へ。「日本一の車窓」を眺め、石切大佛を拝み、占いの店がひしめく石切参道をくだって石切さんにお参り。〆は新大阪で鯛白湯……のはずが大行列で、別のラーメンをすすって夜行バスに乗りこんだ。まるごと歩き倒した、二日間だった。
生駒山上遊園地
生駒山の山頂にひろがる、昭和4年(1929年)開園の遊園地。日本でも有数の歴史をもち、レトロな意匠の乗り物がいまも現役で動く。標高642mの生駒山頂からは、晴れれば大阪平野を一望できる。入園無料で、山上をゆく飛行塔は開園当時からの名物だ。
暗峠
大阪と奈良をむすぶ国道308号の峠。国道でありながら勾配は最大30%を超えるともいわれ、「日本一急な国道」として知られる。石畳の細い道に民家が軒を連ね、人や車がやっとすれ違えるほど。峠の茶屋でひと息つけば、ここが天下の国道だとは思えない、のどかな時間が流れている。