東京・鍛冶屋橋から夜行バスで秋田へ
旅のはじまりは夜の東京駅。中野はけっこう積もっていたのに、こちらは雪のかけらもない。久しぶりの鍛冶屋橋バスターミナルは、設備のしょぼい底辺ターミナルゆえか、人があふれていた。
二十二時過ぎ、秋田ゆきの夜行バスが出発。女性ドライバーの珍しい運転で、高速を順調に北へ。おやちゅみ——と目を閉じれば、窓の外はだんだん雪の深い国になっていく。
横手・増田の蔵の町と稲庭うどん、湯沢・雄勝めぐり
尻が痛いしあんまり寝れないまま、早朝の横手に着いた。東京に雪はなかったのに、こちらは積もりすぎだろ…という白一色。新幹線に乗り換えて時間をつぶし、横手城下の本町へ。「本 町」の明朝体がしぶい——文字ひとつにも土地の品が出る。
十文字から増田の蔵の町へ。妻入りの商家がならぶ通りに、軒先の氷柱がきらり。お目当ての観光施設は臨時休館だったけれど、雪とともに暮らす町の気配は十分だった。そして、きょうの本命——稲庭うどん。左が生麺、右が乾麺。ちゅるっちゅるで、うどんというより独立したジャンルだと思う。
バスで湯沢へ。横手より活気のある「大都会湯沢」で、中止になった犬っこまつりの雪像と犬っこを横目に、雄勝の小町堂まで足をのばす。両関に美酒爛漫、やたら酒蔵をあおぎ、夕焼けの長い空を見送って横手へ。宿では横手名物の寒天というキワモノ——やきそば寒天にまで歓喜し、買いすぎたいぶりがっこと鯉のたたきで、雪の夜はにぎやかに更けていった。
稲庭うどんって?
秋田県湯沢市稲庭町でうまれた、日本三大うどんのひとつ。手延べでつくる平たい干しうどんで、つるりとした喉ごしとコシが身上だ。生地をのばすときの打ち粉にはでんぷんを使い、練り・綯い(ない)・潰しと手間をかけて細く延ばす。乾麺が一般的だが、現地では生麺も味わえる——生は丸くもっちり、乾は平たくちゅるちゅる。江戸期には秋田藩の御用達、将軍家への献上品にもなった高級品だった。
横手から浅舞・羽後本荘を経て秋田市へ
三日目は横手からバスで本荘を目指す。昔は鉄道があったのにな、とぼやきつつ、田んぼがきれいだからと途中の浅舞でおりた。雪をかぶった朝市の起源が隕石だというから、きっとこの下に埋まっている。天の戸をつくる浅舞酒造で仕込み水をゴクゴク、雄物川町では雪に沈む茅葺きの民家苑や、大投手ヴィクトル・スタルヒンの墓に出会った。
東由利の道の駅は、ご当地キャラ・黄桜すいとフランス鴨の里。やしお温泉でひとっ風呂あびて、フランス鴨の手羽串とやしお定食に舌鼓——歯ごたえと甘みのある旨味がいい。雨にうたれつつ羽後本荘へ下り、由利正宗・雪の茅舎の酒蔵をあおぐ。やたら酒蔵を巡る旅になった。
バスで日本海ぞいを秋田市へ。吹雪く夜の川反に出て、郷土料理の店へ飛びこむ。お通しの小鉢をつまみに太平山をちびり、皮カリカリの棒あなご、トロットロのだだみ(鱈の白子)、焼きたてのはたはた。太平山に高清水、新政に天の戸——秋田の酒はいくらでも飲める、こまった夜だった。
雪国のうまいもの
秋田の冬はごちそうの季節だ。いぶりがっこは大根を囲炉裏の煙で燻してから漬ける、雪深い内陸ならではの保存食。だだみは鱈の白子で、冬にしか味わえないとろける一品。川反(かわばた)は秋田市を代表する飲み屋街で、棒あなごやはたはた、えご(海藻を固めた郷土食)を肴に地酒がすすむ。新政・天の戸・太平山・高清水と銘酒ぞろいで、たくさん飲めてしまうのが困りもの。
五城目から大潟村・八郎潟を巡りこまち新幹線で帰宅
最終日は八郎潟へ。五城目はやめて、八郎太郎伝説のまち・八郎潟町をぶらり——渋い書体の時計店やスポーツ店に、鳥のフンがすごい。バスの行き先表示が「大潟村」というのが、なんだか面白い。凍った八郎潟残存湖では、対岸でワカサギ釣りの人影が見えた。
そして冬季単独無酸素富士登山に挑む。標高ほぼゼロの大潟富士、登頂成功! アイスバーンの下山は滑落の危険あり。東経百四十度・北緯四十度が交わる干拓の村を、まっすぐな道と水路にそって歩く。基地のようなカントリーエレベーターを越え、やっと居住区へ。パンダ大潟寿司でホルモン煮込定食、干拓博物館でお勉強、伊勢神宮のお社を譲り受けたという大潟神社にお参りして、温泉でしめた。
八郎潟から秋田へもどり、こまち新幹線で「居酒屋新幹線」開店。えご、お茶ごはん、酸味のあるこざきねりのデザートに、なまはげ柄のカップ酒。車内飲みは大曲を過ぎても止まらない。仙台、大宮、そして雪のちらつく東京へ。ベチャベチャの雪に降られて、まんぷくの旅はおわった。
大潟村と八郎潟
かつて日本第二の湖だった八郎潟を、昭和の国家事業で干拓してうまれた村。広大な水田が碁盤の目のようにひろがり、村の中心を東経百四十度・北緯四十度のラインが通る。その交点近くに立つのが大潟富士——干拓地の多くは海面より低く、頂上がちょうど標高ゼロ(海抜0メートル)になるよう築かれた、日本一ひくい「富士」だ。高さは富士山の千分の一、3.776メートル。ユーモアのきいたランドマークである。