藪塚・桐生で蝋梅鑑賞し伊勢崎泊
旅のはじまりは、まだ暗い浅草駅。反対方向の列車に乗りかけるハプニングをくぐり抜け、特急りょうもうで北関東へ。東京は曇り空でも、電車が進むほどに空は晴れていく。太田の藪塚で降りれば、スネークセンターのヘビはみんな冬眠中——かわりに、ひんやりとした石切場跡をのぞき、いまは冷泉になったという温泉神社に手を合わせた。
桐生に出て路線を乗り継ぎ、バスで桐生川をさかのぼる。たどり着いた梅田湖の湖畔には、蝋梅がちょうど見頃。水辺にほころぶ蝋梅はめずらしいそうで、半透明の黄色からは、甘く澄んだ香りがただよってくる。昼は群馬名物のおっきりこみ。幅広の麺とたっぷりの具で、冷えた体がじんわりほどけた。
桐生川ダムをながめ、織都・桐生のノコギリ屋根や明治館のモダン建築を横目に、夕方には伊勢崎へ。宿に荷をほどき、夜はベイシアで地のものを少しずつ。肉の日の上州牛に、巣ごと切り出した蜂蜜は額縁に収まった絵のよう——さわやかで酸味のある、できたての花の味がした。
蝋梅(ろうばい)
冬のさなか、葉のない枝に半透明の黄色い花をつける、ロウバイ科の落葉低木。花びらがまるで蝋細工のように透き通って見えることから、その名がついたという。甘く澄んだ芳香が特徴で、まだ寒い季節を彩る数少ない花だ。桐生川の上流・梅田湖のほとりには群生地があり、水辺に咲く蝋梅は全国でもめずらしい。近くにはミツマタも植えられ、三月にはまた別の表情を見せるという。
境島村・血洗島の養蚕の里から深谷・本庄へ
朝は、ゆうべの蜂蜜をヨーグルトにかけて。境町駅で降り、赤レンガ倉庫やレトロな湯屋ののこる町並みをぶらり。やがて利根川を渡ると——県境を越えても、まだ群馬。かつて島と対岸を結んだ島村渡船は、いまは休止したままだった。
廃校が案内所になった一角に、世界遺産の構成資産・田島弥平旧宅が静かに建つ。養蚕そのものより、蚕の卵(蚕種)を売っていた家だという。風通しのための越屋根をいただいた堂々たる屋敷で、案内のおっちゃんは蚕の話よりも、赤城おろしのからっ風の話をいちばん嬉しそうに語った。
県境を越えて埼玉へ。白菜とネギの畑のあいだを歩き、血洗島——新一万円札の顔・渋沢栄一の生まれた里へ。酒蔵をのぞき、渋沢も好んだという幅広麺の煮ぼうとうで温まる。道の駅で深谷名物のフライをほおばり、本庄では繭を納めた煉瓦倉庫をたずねた。絹と煉瓦の記憶をたどって、冬の旅を閉じる。
田島弥平旧宅と養蚕の里
利根川沿いの伊勢崎市境島村は、幕末から明治にかけて養蚕で栄えた集落。田島弥平は、良い蚕を育てるために風通しを重んじた「清涼育(せいりょういく)」を確立し、屋根の上に換気のための越屋根(やぐら)をのせた養蚕住宅を生み出した。その原型となった田島弥平旧宅は、富岡製糸場とともに世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産のひとつ。周囲には同じ越屋根の屋敷がいくつも残り、いまも人が暮らしている。