会津坂下の酒蔵と馬刺し、柳津温泉へ
旅のはじまりは雪雲の下の郡山駅。改札を出るころには霧で猪苗代の山も見えないという予報だった。お目当ての駅弁・福豆屋はまさかのシャッターが下りていて、仕方なく売店のベルギーBOXと酪王カフェオレで景気づけ。ここからはバスを乗り継いで、会津へ分け入る。
降り立った会津坂下は、歩いた範囲だけで酒蔵が四つも五つも。曙酒造に豊国酒造、清酒「宝川」の蔵、「飛露喜」で知られる廣木酒造本店……どうしてこんなに蔵が多いのかと首をかしげながら、醤油蔵や昔ながらの自転車屋ののこる商店街をそぞろ歩く。お昼は坂下ドライブインで馬刺しとすき焼き。火を通すと筋張るイメージの馬肉が、ここのはやわらかく旨味がしみて(゚д゚)ウマー、すっかりお腹いっぱいに。
腹ごなしに立木観音・恵隆寺へ。越後街道の塔寺宿を抜け、無人の塔寺駅から只見線に揺られて柳津へ。思ったよりだいぶ本格的な門前町のいちばん奥、只見川を見下ろす崖の上に円蔵寺が構えていた。赤べこの母にあいさつするころ、冷たい風がふいて軽く吹雪いてくる——いよいよ寒波の到来だ。宿に入り、ひとり忘年会のような会津の膳と温泉で、冷えた体をあたためた。
赤べこと円蔵寺
柳津の霊巌山・円蔵寺(福満虚空蔵尊)は、日本三大虚空蔵のひとつに数えられる古刹。只見川を見下ろす断崖に本堂が張り出す景色で知られる。会津名物の郷土玩具「赤べこ」は、この堂宇の再建を手伝ったとされる赤い牛の伝説が発祥。首をゆらゆらと振るしぐさが愛らしく、魔除け・疫病除けの縁起物として親しまれてきた。丑寅(うしとら)の守り本尊でもあり、丑年・寅年の参拝はとくにご利益があるという。
雪の只見線で会津若松、芦ノ牧温泉と会津鉄道で帰路
一夜明ければ一面の銀世界。一晩で十数センチは積もったか、雪国おそるべし。柳津といえばあわまんじゅう——黄色いつぶつぶの餅のような生地にあんこを詰めた素朴な名物で、朝の体に甘くしみる。生卵も取り放題の朝ごはんでお櫃を空にして、宿を出た。
雪をかぶった赤べこや、雪のなかを歩くにゃんこを横目に、ことこと揺れる只見線で会津若松へ。繭が奉納された蚕養国神社に手を合わせてから、バスで芦ノ牧温泉へ。渓谷の崖にせり出す大川荘を眺め、ようやくたどり着いた牛乳屋食堂で遅い昼ごはん。肉厚でやわらかいソースカツ丼と、めっちゃ縮れ麺のラーメン——メニューには幻の「ミルクみそラーメン」まで。さすが人気店、この天気でも続々とお客が入る。
締めはネコ駅長で知られる芦ノ牧温泉駅。猫に働かせるとは……と苦笑いしつつ、会津鉄道に乗りこんで会津田島へ。車窓からは、昭和44年製という本物のボンネットバスがちらり。雪は栃木まで降りていて、鬼怒川をこえるころにはもう積もっておらず、東武特急に揺られて首都圏へ。雪とローカル線にどっぷり浸かった二日間が、静かに暮れていった。
ネコ駅長と会津鉄道
会津鉄道・芦ノ牧温泉駅は、歴代のネコ駅長で知られる無人駅。先代「ばす」のあとを継いだ「らぶ」たちが、雪の日もストーブのそばで旅人を迎える。路線をさらに南下すると、茅葺き屋根の湯野上温泉駅——大内宿への玄関口として、昔ながらの宿場の風情をいまに伝える名駅だ。年の瀬のこの日、会津は数十年ぶりの寒波に見舞われ、只見線の只見〜小出は運転見合わせ。雪中の会津路は、ローカル線のありがたみが身にしみる旅になった。